一織に恨まれるのは仕方ない。すすんで被害を受けようとは思わないものの、そういってしまうのもわかる。
「他人に口を突っ込まれる筋合いはないが、おまえは何度もそういう目にあってほしいと思う」
「何度かやのうて何度もってあたりに本気を感じるわぁ……」
 俺がしみじみとつぶやく頃には、俺たちは食器返却口の前にたどり着いていた。ここまで来るのに邪魔らしい邪魔は突然出てくる足と、食器類だけだ。意外と大きな騒ぎにならないものである。
 それもそのはず、俺たちが何もされていないかのように歩いている間に、食器類を投げた生徒は七三眼鏡に取り押さえられていたからだ。
「あの七三眼鏡、さすが三年生やなぁ」
 特徴をとらえたあだ名だったのだが、九我里先輩はお気に召してしまったらしい。先輩はこちらの心に黒い染みができそうな笑い声を上げ、七三眼鏡の正体を教えてくれた。
「ひはっ、ふ、ハヒ、ヒヒヒッ……! 変速(へんそく)だ、変速っ」
 変速というのは三年生の有名人の一人で、やはりその名の通り速度を変えることを得意とする武器科の生徒である。俺が一応所属している三年生のクラスではないため、気配を特定することもなかった。
「変速だったのか」
 どうやら一織も知らないことだったらしい。皿やトレイ、フォークなどを指定の場所に置きながら小さくうなずいていた。七三眼鏡が変速だというのに、納得のいくものがあったようだ。
 たしかに変速ならば、混雑した食堂の中でも生徒の一人をとらえることは難しくないだろう。
「協奏にいやらしく盛り上げてって頼まれてたが、変速やってくれちゃって。ほんと、卒業するまでに追い詰めてやろう」
 先輩のいうことから、だいたい俺の予想した通りらしいことがわかった。やはり九我里先輩は協奏の手先であったのだ。
 しかし、三年生皆が皆協奏に従うというわけではない。変速は薄青同盟の七三眼鏡としての仕事をしてくれた。しつこく追い掛け回す九我里先輩を敵に回してまでとは、見上げた忠誠心といってもいいだろう。
「後で……いや」
 一織も思うところがあったようで、何かいいかけて止める。そして俺を追い越し、手を二度ほどたたいた。俺たちが注目を浴びていなければ、なんの意味もなさない動作だ。
 しかし俺たちは、皿を投げられたばかりだということもあり、かなりの視線にさらされていた。
 一織が手をたたくと同時に、食堂が静まり返る。
 興味がうすそうな生徒さえ、動きを止めた。
「……食事中にすまない。だが、一ついっておきたい」
 さすが副会長様だ。いつもの爽やかながら威風堂々とした姿は人をひきつける。
 俺は一織が爽やかというだけでどこかかゆいような気持になってしまうが、この学園の生徒の大半はこの生徒会副会長様に騙されていた。
「俺とこれが気にいらないなら構わない。挑むといい。これがどういった男かも、俺がなんであるかも、わかっているのだろう?」
 挑発的な笑みは、少し楽しい悪戯を隠す子供のようにも見える。それに人はときめきを覚え、俺は嫌な予感を覚えた。
「ただ、時と場所は選んでほしい。その上で、うまくやるといい。……それがここらしい」
 つまり、食事の場でスプーンや食器が飛んでくるのは場にそぐわないが、うまくできるのなら食堂で足を引っかけても問題はないということだ。
 足を引っかけるのもマナーは良くない。けれど、うまく計画的に俺だけ転び、少々埃が舞っても他に迷惑がないといえるくらい共謀していれば一織は何もいわないそうだ。
 それはかなり恐ろしい話である。
「……そんな、狡猾に陰険になりなさいみたいな、やめてほしわ……」
「おまえのカミさんおっそろしいな。そんなことされたら、俺、学園すぐやめるわ」
「そうですやんね。普通やったら正直、学校潰れろっちゅうか一生レベルのあかんさですわ」
 そうして俺たちは一織の宣言で静まり返った食堂を後にした。
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