卒業試験一日目


 例外というものは何であっても起こるものだ。しかし、あまり起こらないから例の外なのである。同時に複数の例外に出くわした場合、偶然よりも仕組まれた何かを連想するだろう。
「大事になってもたなぁ」
 気がつくとぼやいていたのは、その仕組まれた例外によるものだ。
 俺と一織と九我里先輩は、食堂を出てすぐに生徒の集団に襲われた。
 食堂を出てすぐのそこは、ロビーのようなもので集団で戦闘ができるほど広々としている。何人か座れるソファがいくつかあっても、余裕で戦闘ができた。
 俺はそのソファの上にあった備え付けのクッションを投げる。クッションは見事に一人の生徒の顔に命中した。
「最悪だ」
 背筋が凍るほど静かに俺の背後をとり、囁いてから、一織は俺に襲いかかってきた生徒の一人を蹴り飛ばす。
「ヒッ、は! ……お前さんらは乱戦も慣れたもんだろ?」
 俺たちだけではなく、九我里先輩も慣れた様子で小さなゴムボールを転がす。ゴムボールを不運にも踏んでしまった生徒が、戦闘を止めに入った教師にぶつかった。
「そりゃまぁ……この学園何かっちゃあ、戦闘させますし、集団なったら有名人数で落としにかかりますやん」
 先輩が手当たり次第転がしているように見えるゴムボールがこちらに戻ってくるたび、俺はそれを天井に投げつける。ゴムボールは弾んで、見事に一人の生徒の顔に向かう。気を取られた生徒がふらつく。その先にいた槍走が一歩引いて、その生徒を避けた。
「あー……お前とカミさん、今、すごい有名だしな、仕方ないよなぁ?」
 今この時に有名だからといって、生徒の集団に襲われることは仕方ないことではない。
 俺たちがそう仕組んだことであるのだから、仕方ないわけがなかった。
「……さきから、親しげだが」
「そりゃ、親しいし? 何、カミさんヤキモチ?」
 一織が静かに怒り、俺の後ろで襲いかかる生徒をちぎっては投げる。殺意が先輩に向かっているのは気のせいじゃないだろう。
「叶丞ーっ! 無事か!」
「はいはい無事ですよって」
 冷えるばかりのこの場に助け舟を出すかのように声をかけてきたのは将牙だ。将牙は俺の頭痛とともに急に現れると、助っ人に入るといって騒ぎを大きくした。
「無事やけど、ほんま、ひどい騒ぎやわぁ……」
「半分はお前のせいだ」
 先輩ばかりではなく俺にも冷たいことばを吐き出す一織に、俺は手を伸ばす。
 その手が一織の腕を掴めるほど、一織は近くにいた。
「まぁ、そういわず。頼りにしてますさかい、おひぃさん」
 乱暴に振りほどかれたのは照れ隠しなのか、怒りなのか。わからないが、荒々しく向かってくる生徒を撃破しているようだ。背後から鈍い音と派手な音の二つがひっきりなしに聞こえてきた。
 この例外だらけの騒ぎのなか、一織の行動だけがいつも通りで心強い。どんなに俺や先輩に怒ったり冷たいことばを吐き捨てたりしても、一織はちゃんと自分自身の役割をこなす。それは俺の……卒業試験の手伝いの手助けである。
 これほどの例外のなかにあると、それこそがまるで例外であるようだ。
 俺は笑い、例外をかぞえた。
 まず一つ目はこの状況だ。一織の宣言により静まり返った直後に襲われるというのは、少しおかしなことである。一織の宣言から、俺たちを襲うにはそれ相応の覚悟が必要だとわかったはずだ。もちろんそれでも襲いかかる奴はいなくはない。だから、少しおかしいことだ。
 二つ目は槍走である。俺になんの恨みもなく、襲う理由すらない槍走が俺の襲撃者として混ざっていたのだ。俺たちに襲いかかってきたのは、大半が俺……反則狙撃に恨みがある連中である。その中に槍走が混ざるとおかしさのあまり笑い出しそうなくらいだ。
 三つ目が襲いかかってきた連中である。いまいち行動に踏み切れなかった連中が、なぜ一織の宣言後に行動できたのか。誰かに扇動されたと思った方が自然だろう。
 四つ目が俺たちが襲われていると将牙が転移してきて、俺たちに加勢したことだ。実は将牙は俺の友人として有名である。新しい学年に上がるたびに、何かといちゃもんをつけられる俺を将牙が木刀を持って追いかけるからだ。何をふらふらしてるんだと熱い友情で殴りにくるため、俺の友人として将牙がでばるのはいたって普通のことである。しかし、転移してまで、俺を追いかけまわしたこともない。しかも、今回は俺を追いかけるのではなく、俺の味方をしている。良平と手を組んで俺にギャフンといわせようとした奴らしくない行動だ。
 五つ目は教師陣である。普段は誰が騒ごうと余程のことがない限り、生徒任せだ。いくら食堂に居たとはいえ、この程度の襲撃を止めようと動くことはない。だが、今回ばかりはいつもと違うと乱戦に混じる。
 これらすべてが例外だ。普段はないことである。
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