だいたい俺があれほど目立つ場所で堂々と告白をするというのがおかしなことであるし、俺にとっては例外中の例外だった。
俺は例外という釣果に心の中で笑う。
「先生方も三年生方も今からが仕掛けどころっちゅうことですかね」
「ん? 後輩、なんか今よろしくないこと言ったろ」
先輩は相変わらずゴムボールを転がしていたが、俺のことばに急に振り返る。
先輩が振り返ると同時に、隙ありと突っ込んできた生徒には俺が足元にゴムボールを投げて牽制した。
「寮長に俺の騒ぎは利用するて聞いてますよ。三年生方が利用するちゅうことは、卒業試験出題側も利用しますやろ?」
「そうだが。何か違うような気がする」
九我里先輩はしつこいことで有名な焦点であるが、やみくもについて行って狙うというわけではない。相手の出方を見ながら、痛いとこを静かに狙う。そして目的を達成するまで、しつこく付きまとうのだ。
だから協奏と友人などやっているに違いない。類は友を呼ぶのである。
しかし、九我里先輩は協奏ほど頭は回らない。その回らない部分をしつこさと若干の直感で補っている。
「何かちゅうても、いうた通りですよ。先生方も三年生方も仕掛けどころ。そうですやろ?」
「そうなんだが」
先輩の直感は鋭いと思うが、それを確かだとするほどの自信は先輩自身に備わっていない。それゆえ、不安要素を消そうとして先輩はしつこいのだ。純粋に面白いからしつこい時もあるので、それがどちらであるかは先輩と話してみないとわからない。
今のはおそらく直感からくる不安だ。
それならばその不安を晴らすか、うまく誤魔化してしまえば先輩はそのしつこさを発揮しない。
俺はうまく誤魔化す方を選んだ。
「ほな先輩、留年するんと卒業するんやったらどっちがええと思います?」
「は?」
驚きで声を上げたのは一織である。黙っているからただ不機嫌になって襲ってくる生徒に八つ当たりをしているかと思えば、違ったようだ。しっかり俺たちの会話は聞いていたらしい。
先輩は声こそ上げなかったものの、同じくらい驚く。しかも俺の発言がかなり不可解だったようだ。持っていたゴムボールを大量に俺に押し付け、腕を組んで何度か首を傾げた。
俺はそのゴムボールを適当に投げつけ、暴れる将牙の手助けをしたり、正面から襲ってくる連中の邪魔をする。間接的に三年生の邪魔するばかりでは誤魔化すものも誤魔化せない。
「そんなに深く考えんでもええとですよ。騒ぎに便乗したいのは先生や三年生、襲撃者だけやのうて、騒ぎの中心人物も同じやっちゅうことです」
嘘は一つもついていない。教師陣に依頼されたから、この騒ぎに発展させたということを黙っているだけだ。
「それが、何故、俺の留年になるか」
俺の側にいるばっかりに教師陣以外にも襲われているというのに、先輩はまた首を傾げている。そういう振り子のおもちゃのようだ。
「そりゃあ先輩。俺にこうやってひっついとる限り、俺に利用されますよっちゅう話ですよ。協奏かて、リーダーみたいな顔して指示してますけど、切る時は切りますでしょ?」
俺がどうするつもりか、一織は察してしまったらしい。俺が避けた襲撃者をおそらく一撃で落としながら舌打ちした。
「せやったら、俺に利用されて留年するか、協奏切って卒業かちゅうとこやと思いません?」
「その二択おかしいだろ」
先輩はついに首を傾げるのはやめ、ぽかんとする。確かにおかしい選択肢であった。
しかし、おそらく協奏は焦点を切るつもりで俺の側に置いたのだ。焦点を活躍させるつもりなら、もっと居てもおかしくない場所に配置されただろう。協奏ならば、追求あたりを魔法で買収してもっといやらしく煽れたはずだ。
それをしなかったのは、たぶん協奏の俺への不信感である。騒ぎを起こしたのは進級前に邪魔者を排除するだけではないのではないかという不信感だ。もし、そうでないなら協奏など恐るるに足りない。いつまでたっても敵に回したくない先輩であるから協奏は恐いのだ。
その不信な俺に追求をさしむけてしまうと、いやらしさが倍増する分、俺に警戒されてしまう。協奏は俺を出来るだけ警戒させず使いたいはずである。ならば、あんな明らかに腹に何か隠している男を使ってはならない。
その点先輩は、簡単な部分がある。俺の警戒心も薄くなるだろう。
その結果が食堂でキスだ。協奏は魔法で様子を探り大笑いしただろう。
将牙が急に転移してきたのは、協奏の興が乗ってしまったからに違いない。
「そんなにおかしな話やないですって。協奏に従って俺の側で煽ったりするつもりなんやったら、信用してもろても構いませんよ」
「何を」
「俺の反則っちゅうのを」
先輩は唸り声を上げ、転がってきたゴムボールを蹴った。乱戦の中転がるゴムボールはかなり邪魔で、外に蹴り出す生徒は多い。しかし、壁に当たっては跳ね返ったり、他の生徒に蹴られたりしてしまうため、足をとられて転ぶ生徒も多かった。
「まぁ、せやから、どっちか選んだら俺も考えますよって。急ぎませんし、悩んだってください。正直、協奏切ったら切ったで卒業確実っちゅうわけやあらしませんし」
本当はもっと他にも選択肢はあるのだが、先輩を誤魔化すにはこれくらい気を取られるだろう選択肢を用意したほうがいい。