本当のところは勘違いして貰っておいた方がいい。しかし、勘違いされるにしたって、良平とでは不名誉に過ぎる。それでも、俺が良平以外を魔機に誘っていないのだから勘違いするなといっても説得力がない。
 俺はいいわけのようなことをつらつらと思い浮かべたあと、辺りを見渡す。
 いまだ乱闘の真っただ中だ。
「騙すにしてもこの場を何とかせなな」
 学園では武器の携帯が許されていない。喧嘩沙汰になると大事になる可能性があるからだ。だから、魔法使いも魔法が制限される。使える魔法が極端に少なくなるのだ。
 しかし、武器を持たずとも強い人間はいる。武器になる道具も少なくない。だから、自らを守るための道具や武器、魔法は使用可能になっている。
 そうなると結界の魔法などは使用可能なのだ。使い方次第では結界も恐ろしい魔法になるのだが、それができる人間は少ない。
 俺は魔法使いになれるほどの力はないけれど、結界を作ったり、魔法で視界を作ったりはできる。魔法石の補助がなくとも、その二つは少しイメージし、つぶやくだけでできるのだ。
「展開」
 良平ほどの精度も焔術師ほどの大きさもない、小さくて自分自身を守るほどのものしかつくれない。けれど、石ころほどの、人が躓くには十分な大きさデコボコができた薄い結界を敷くことはできる。
 これは簡単な魔術式で、地形を変化させる魔術式を結界に応用したものだ。
「……悪趣味」
 一織の冷たい声が心に刺さりそうである。
 俺から数歩しか離れていない一織や先輩は、そのデコボコな結界にとらわれることはなかった。
「そうは言うてもなぁ……ほら、先輩方や先生方は立て直してますやんっちゅうことで、揺らすで」
 テーブルに乗せたトレイを揺らすように、俺は結界を揺らす。この魔法のイメージはまさにそれだ。結界の上にいた人間はただでさえ急にできた小さな障害物に戸惑っているのに、結界を揺すられ立っていることが困難になる。
「これって更に恨まれるだけでは?」
 先輩がぽつりとつぶやいた。その通りであるためぐうの音もでない。
「いや、今日はこれでなんとか納めてもらいたいっちゅうか……この程度の乱戦で俺がどうにかなると思うたら大間違いやでって示しておきたいっちゅうか。この人数ではどうにもなりませんよっちゅうか」
 様々なヒントをだしたつもりであるが、揺すられている連中がどれほど耳を傾けていることか。聞かれても聞かれていなくても今後に影響はない。けれど聞いていてほしいものだ。できるなら、陰から襲い掛かってもらいたい。そうして襲ってきた奴を迎撃するついでに、あの手この手で三年生たちの邪魔をしたいのだから。
 三年生や教師陣は揺すられ始めた時点で、結界から離脱を始めた。しかも何事もなかったかのように、揺すられる二年生たちを残して消えている。
「あかんやろ。こんなやから一年生にも三年生にもなめられてまうんや……」
 結界に残ったのは、今回の騒動の中心である俺に恨みを持つ二年生だ。そう、俺や三年生や教師陣に利用されている連中である。
「いっぺんがつんと怖ろしい目にあった方がこう……色々ええんかなぁ……」
 自然と心配してしまう。
 視界の端でちょろちょろしていて少々うっとうしいが、相手をするほどでもない連中だと思ってはいた。しかしこれほどまでちょろいと、いっそ、あわれである。
「お前に恨みを持っていて簡単じゃない連中は、ここで襲ったりはしねぇだろ。ネチネチ陰湿な作戦で来るだろう。キョースケの反則さほどじゃねぇけど」
 一織も呆れてそんなことをぼやいた。
 呆れているのに、俺に対してやはり優しくない気がしてならない。
「反則は、しとらんのやけどなぁ……」
 揺すられ過ぎて立ち直れない連中をまとめて結界に入れるべく、俺は今使っている魔法を解いた。
「鼻で笑える」
 一織がまた心を刺してくる。どうしてこうも優しくないのだろう。もしかして不機嫌さからくるものだろうか。
「おひぃさんちょっとだけ優しくしてくれたってもええんちゃいますかね」
「悪いが、まだ騙されていない」
 俺は大げさに悲しんでいるふりをして、今晩の成果を脳裏に浮かべる。
 今晩の成果は九我里先輩を惑わせたこと、変速が誰であるかを知ったことくらいだ。
 三日間は短いようでまだまだ長い。
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