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 俺に与えられたノルマは教師陣の睡眠時間の確保だ。教師陣がほかに期待していることはおいておいて、睡眠時間だけはしっかり確保しなければならない。
 実はこの睡眠時間というやつは定まった時間がなかった。一ヶ月という長い時間、昼夜問わず交戦するのだ。先輩方も教師陣も防御が手薄にならぬよう交代で休みを取らなければならない。
 両方とも夜に寝ておけば平和だが、気の抜ける時間に始末しておきたい人というのが教師陣にも先輩方にもいるものだ。平和には程遠い潰しあいがどうしても必要らしい。その上、今年は三年生が豊作で、教師陣だけでは十分な睡眠がとれないというわけである。そこで俺にお声がかかったのだ。
 そんな睡眠時間の確保は、なにも俺だけ三日間寝ずに頑張ってつくれよというわけではない。俺もしっかり夜眠り、一日のどこかに教師陣の余裕を作ればいいという話だ。
 それゆえ、食堂やその近くで騒ぐだけ騒いだ本日は、結界内にいれた連中を呼び出した佐々良に押し付けて、しっかり部屋に戻ってきた。一織というおまけを連れての帰還だ。まだ仲間にしていない九我里先輩はここに来るまでにおやすみなさいといって追い払った。
「よーっす。キスはどうだった?」
 そうして帰ると良平が俺の部屋で我が物顔でくつろいでいたのだ。しかも食堂での騒ぎはすでに良平の耳にも届いているらしく、挨拶ついでにキスの感想まで求められた。
「背徳の味がした」
 一織もしらっとそのようなことをいうから、良平がソファで腹を抱えて笑いだす。
「良平笑とるけど、それ、俺の本命良平やっちゅう前提の発言やからな」
 俺がため息とともにこぼしたことばは、良平を盛大にむせさせた。俺もそうだが、良平も俺とどうこうといわれるのは心外なのだ。
「ねーから。叶丞本命とかほんと、ねーわ」
 手を大げさに振っての完全否定だった。それでも一織は納得していないのか、知らん顔である。
「騙されてくれるんとちゃうかった?」
「騙せとはいったが、まだ騙されていない」
 ここまでこだわる必要はないのだが、どうしても俺は良平とくっつけられるのが我慢ならない。十織とならまだしも、良平というのは現状が洒落を言わせないので相手としてあげてほしくないのだ。
 こんなことを考えている時点で、一織のことは本気であるのが身に染みてわかってしまう。それもあまり俺にとって好ましくないくらいの本気だ。
「ほな、証明しとく?」
「証明?」
 騙すのに証明するとはとんだ詐欺である。
 しかし、俺は気にすることなく一織と向き合うと、その頭に手を伸ばす。
「俺は、良平の前でもぜんぜん平気やでっちゅうのを」
 だが一織は心底不思議そうにこういった。
「いや、それは……平気だろう? お前ら、そんなにしっかりした貞操感ないだろう?」
 ひどい信用である。
 確かにそうだ。俺も良平もたとえ本命の前であってもキスくらいは平気でしてしまう。それを両方とも本命に知られていて、この反応だ。青磁は俺を威嚇するばかりだろうが、良平から本当に離そうとはしない。良平と俺の本命は、本当に俺と良平に甘いやつらである。
 俺は伸ばした手をそのまま一織の後頭部にあて、髪に指をとおした。
「まぁ、正直良平とキスくらいできてまうけども、なんの感慨もないしなぁ……」
 髪をすき、首を撫で、肩をなぞる。最後に一織の手を取って、それに唇を当てると、さすがに一織がびくりと動いた。
「こういうのは、良平にやったら、気持ち悪い」
 指先にキスをして、にやりと笑って見せる。
 一織は俺の顔と、自分自身の手を睨み付け、ただ茫然としているようだ。手にキスしたあたりから微動だにしない。
「けど、おひぃさんくらい可愛げある男前にやるんは楽しい……な?」
 そうやって丸め込もうとしていると、まだソファに転がっている良平が『甘っ』とつぶやいた。すると、一織がハッとしたように顔を上げる。
「騙されねぇ!」
 騙せといったくせに、手ごわいやつだ。
 だが、動揺が口調にでているため騙されるのも時間の問題かもしれない。
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