そうして可愛いげのある男前を堪能すると、俺はようやく良平の前にあるローテーブルを見る。そこには良平が俺の部屋にきた理由があった。
「ほんで、良平が気持ち悪い話は置いといてや」
「俺が気持ちわりーわけじゃねーよ。お前とのあれやそれやが気持ちわりーんだよ。おいとくけどよ」
 切り替えが早いのは俺だけではなく良平もだ。なんとか平静を保とうとしている一織のそばで、俺も良平もローテーブルに置かれた数枚の図面を見た。
「これ、寮の図面やんな。提供は?」
「協奏。食堂でいいもの見せてもらったって笑いながら渡された。あちらが仕掛ける場所は記してあるそうだ。できたら罠が仕掛けられてる場所も知りたいとかなんとか」
 協奏は寮長だ。寮の平和を守るため生徒の変装後の姿を知ることができる。だから俺のことも良平のことも知っていた。あまり口には出さないが、俺たちを問題児扱いしてチェックしていたのもある。おとなしい生徒ならば変装後と変装前のチェックなどする必要がないのだ。今回の騒ぎを起こしたことから、その判断は間違えていないといわざるを得ない。
「ほな、二つずつあるちゅうことかいな」
「いや、一枚。お前は覚えろって」
 良平のことばに俺は渋い顔をする。テーブルに置かれた図面には赤い点がたくさんあったからだ。おそらくこの赤い点は先輩たちが教師陣に仕掛けたい場所である。
「全部は覚える必要はないやろけど……これいつまでに返したらええんやろか」
「今日中っつってた」
「今日中……」
 今日中にこの赤い点がある場所をなんとなく把握し、さらに効果的に騒ぎが起こせる場所を探らねばならないと思ったら心が折れそうだ。俺はため息をつく。すると落ち着いたのか一織が図面を二、三枚手にとってペラペラとめくった。
「これは俺も覚えることになるのか?」
「そやな、そっちのが俺も楽やな。あんまり覚えるの得意やないんやけどねぇ……」
「あれだけフィールド覚えておいてよくいう」
 一織は俺の記憶力について疑いを持っているらしい。確かに様々な場所を記憶しているが、それは違いや特徴、俺が覚えておきたいところを覚えているだけで、すべてがわかるというわけではないのだ。その覚えていることだって数時間で覚えたわけではない。
「あれはだいぶ時間が解決してくれとるんや。集中力はあるほうやと思うけど」
「乗り気でないと?」
 数時間で暗記をしろとせかされると余計にそうだ。ただでさえ卒業試験の手伝いなどしたくないことであるし、それが俺たちの代ではなく一年上の代となるとやる気など最初から空っぽである。一年上の人間は、それほどに厄介なのだ。
「乗り気でなくとも待ってはくれへんし、どうにかはせにゃならんやろ」
 俺は薄目でテーブルの上を見る。どう見たって机の上には数枚の紙が置かれていた。どうやっても紙が減ることはない。
「端末に取り込むのは?」
「ええ案やな、良平。けど、先輩はできたら言うてたかもしれんが、これは確実に俺が罠を仕掛けた、もしくは仕掛ける場所を教えといたほうがええ」
 協奏に罠などの位置を教えることで知られているということを明確にする。そうすることでその上で仕掛ける、思い込ませることができるからだ。知られているからといってそれがマイナスになるだけではない。知られているからこそハメることができることもある。
 今回の場合は協奏の信頼も若干ながら得る必要があるため、教えてしまう方がいい。すべてを教えても、逆に俺が何かを企んでいると思われそうだが、それくらいの不信感はあったほうが恨みは買い辛いくていいだろう。
「ならば、とりこんだとしても数時間以内にここから得られる情報をある程度処理しなければならないということか?」
 一織が手に取った紙をもとの位置に戻し唸る。俺と同じように面倒だなと思っているに違いない。
「丸暗記ならまだ楽なんだが……」
 そのあと呟かれたことばに、俺はハイスペックな男前を恨んだ。丸暗記とて楽ではないと俺は思う。しかし、それならばこの作業は分担できるかもしれない。
「ほな、こうしよか。俺は図面に書き込みながら処理するさかい、一織はそれを見ながら丸暗記。そのあと完成したやつ取り込みしよう」
「解った」
「なら、俺は今から部屋帰るか」
 一織が頷いた後、逃げるようにそんなことをいう良平を俺は右手で止めた。良平にはまだしてもらいたいことがある。
「良平くんは、俺と一緒に罠と仕掛けのこと考えような」
「俺にメリットがねーよ」
「良平のメリットなぁ……魔機の研究機関に紹介状かかせるでどうや?」
 良平には伝手と呼べるものが少ない。ずっと一人で魔法を研究してきたゆえだ。魔機となればなおさらである。
 それとは違い、俺は魔機の研究所ならばかなりの伝手があった。もちろん、この紹介状を一枚書かせるだけで俺にも何かしらの交換条件がかせられるが、良平の頭が使えるのなら安いものだ。研究機関としても良平の頭脳はほしいところなのでかなり値切れるだろう。
「よしのった。俺のほしい紹介ができるようなら、追求に一口のってもらうようにいってもいーぞ」
 結構な率で裏切りが出そうな一口である。
 しかし、一口でも味方にできるのなら美味しい話だ。
 おそらく良平の何かしらを売って一口のせるのだろう。破格である。
「その一口は後で。今は、魔法使いの出方を知りたいんでそことこ重点的に。おひぃさんは丸暗記集中してもろて、あとで意見聞かせてもらうわ。それでええかな?」
 二人が頷いたのを見てから、俺は図面に書き込むためにペンをとりに行った。
next/ hl3-top