一日目の昼は、授業に遅刻することから始まる。
そう、遅刻だ。
本来ならば避けてしかるべきで、このままだといつぞやのように無茶を振られて嫌々ながら的にならねばならない。
しかし、今回は違う。わざわざ早朝、寝る前に教師陣に連絡を入れたのだから違ってもらわなければ困る。
俺は余裕綽々で飯を食い、シャワーをあび、フィールドに駆け込んだ。余裕綽々ならばフィールドに駆け込むなという話であるが、フィールドに駆け込んだのはこちらの仕込みである。ヅラをかぶっていない生乾きの髪がなんだか慌ただしくも腹立たしく見えたなら、俺も仕込んだかいがあったというものだ。
実はこの遅刻は、一織もしている。一織の方は俺よりも余裕綽々で駆け込むことすらせず、今俺が出ている授業の次の授業に顔を出すはずだ。
つまりはここに居る人間やあとで俺の遅刻話を聞くであろうその他大勢に邪推してほしいわけである。
実際のところは夜中に良平を見送った後、一織と二人きりで端末に取り込んだ図面を見ながら話し合っただけだ。朝になるころに自分の部屋に帰る一織を見送って、一人でせっせと教師陣に連絡を入れ、昼まで寝ていただけである。それを思うと大変むなしい仕込みだ。わざとではなく遅刻してしまったというのなら邪推する方が悪いのだが、わざわざ仕込んでいるのである。むなしさが襲ってくるようだ。
この学園でも遅刻やサボり自体はそこそこある。単位は必要数あればいいし、教師は厄介なことをいいだすがそれとて毎回というわけではない。厄介なことをいいだす確率は半分くらいのものだ。その上、ついていけなければ退学しろの学園であるため、自分ができる範囲ならサボろうが遅刻しようが休もうが自由なわけである。むしろ遅れて邪魔をするくらいならサボれという方針だった。それでも遅刻者がいるのは、授業にギリギリ間に合うか間に合わないか、もしくは単位が危ういかのどちらかであるからだ。
そんな学園であるから、急いで駆け込む俺のような生徒もいる。ゆえに誰かがこれを仕込みだとか怪しいだとか思うことはあまりないだろう。特に恋人とうまくいっている浮かれた野郎にはあることかもしれない。俺だって浮かれてデレデレで遅刻してやりたいものである。
「二八番くんさぁ……せんせー独身なの知っててワザとなの?」
仕込みとはいえとんだとばっちりだ。しかも内訳をしっている教師がそれをいうのだから、俺も舌打ちものである。しかしそんなことはしない。
それでも俺は神妙な顔ができず、首を振るだけにとどめた。変装グッズのサングラスだけは着用してきてよかったと心底思う。
「お昼の授業に! シャワー浴びて! 遅刻! しかも、お相手の暗殺者である九番くんは来てないよ? これ合同授業だよ? どっちなのとかそっちなのとか下衆の勘繰りも入れたいけどそれ以前にせんせー、無駄に心折れたー折れましたー」
「下衆の勘繰りとかやめてくれませんか」
「勘ぐらせてくれないの? 変装グッズのヅラかぶり忘れるほどなのに?」
わざとだと知っているくせに、いやな教師だ。本当にひがんでいるのかもしれない。
俺は大げさに溜息をつき、髪に触れる。今回やってきたフィールドは砂と岩ばかりのフィールドだ。髪には早くも砂が付いていた。
「ヅラ、持ってますよ。生乾きが嫌だったんで……」
「余裕じゃん。腹立たしい限りだよ、君ってやつは! これはもう、君には的になってもらうしかないね!」
これをきいただけでは俺がわざわざ教師陣に連絡を入れた意味というものを考えるだろう。だが、違うのは的にされることではない。的になってから起こることなのだ。
そう、俺は的になるために授業にわざわざ遅れてきたのである。願ったりかなったりだ。しかしながら、この教師は私情が過ぎるのではないだろうか。これが演技というのなら見事なものだ。
そして、もう一つの目的である邪推に関しては、ここに居る連中もしてくれているようだが、どうも教師のひがみに気後れしているようである。
その上、ビジュアル効果もあるらしい。ヅラはかぶっていないものの、反則狙撃としての姿である俺にも気後れしているのだ。もう少し仕返ししてやるぞと意気込んでくれてもいいものである。それともそれだけ反則狙撃が怖いのだろうか。反則狙撃……俺が報復に時間を割いてやるほどの連中ならば、さっさと潰しにかかるか友好的な態度に出ているはずだ。たとえば良平に噛みつく小犬のように暖かい目で見るほどの見どころが、そいつらにはない。
ここにいるの半分くらいは俺のことをなんとも思っていないので、当然至極の反応というのは解っている。けれど残り半分の何かしら文句をつけたい連中には少し頑張ってもらいたいものだ。