「的……」
 俺はいかにも嫌そうに呟く。仕込みのこともあるが、的になるのは面倒であるし、嫌なことであるからだ。
 この反応には、残り半分もいいざまだと思ったらしい。ちらりと見た連中は、武器の調子を確認しながら少し笑っているようだった。
「そう。まぁ、二八番くんはこういうの嫌いじゃないと思うし、楽勝かもだけど?」
 好きなわけがないし、楽勝だった覚えがない俺は、首を大げさに傾げる。しかし教師はその意見を曲げない。
「だから、ね? 隣のお手伝いもしてあげてよ」
 俺は教師のいうところの隣を確認し、大きく息を吸う。
 それこそが、俺が遅刻した理由で的になった理由である。
 隣というのは、隣のフィールドのことだ。
 この砂と岩ばかりのフィールドの隣は、やはり荒地である。こちらよりもあちらの方が岩が多いというだけの広大なフィールドだ。
 その広大なフィールドに隣り合うこちらのフィールドも、やはり広大である。そんな広大なフィールドに居れば、普通は隣のフィールドなど気にせず戦闘できるはずだ。
 けれど、今回は両方のフィールドの端で三年生と、二年生の合同授業が行われようとしていた。これが今朝教師陣にお願いしたことである。
 三年生卒業前にはよくあることであるらしいが、少しだけ時期を早めてもらった。通常は、卒業試験が終わってからすることで三年生の参加も本当に少ないらしい。けれど今回は、ほとんどの三年生が学園に残っているため、一クラスのほとんどがこの授業に参加している。
「……どういった手伝いを……?」
「あ、そうか。二八番くんは、遅刻してきたから合同授業の内容しらないよね」
 この授業は三クラス合同の授業だ。三クラスはすべて武器科で、そのうちの二クラスは二年、一クラスが三年のクラスである。二年のクラスの一つは俺と良平がいるクラスで、もう一つは一織と双剣がいるクラスだ。
 そして今回は選択した武器別ではなく、座学や体術を学ぶときのクラスで、しかも三クラス合わせての乱闘である。
「フィールドは二つ使うよ。けど、あまり遠くに行き過ぎても駄目。特に君はそれが反則になっちゃうでしょう? だから、ここから両フィールドの半分までが君の行動範囲とする。で、手伝いなんだけど、この合同授業での的だからね。本当は二年と三年で競うつもりだったんだけど、君は第三の勢力として両方に狙われてね」
 つまり、二年と三年の乱闘の中、俺は二年にも三年にも狙われなけれならないということだ。これが二年と三年の争いでさえなければ、俺は二年にだけ狙われていたはずである。
「……どのあたりが手伝いになっていると?」
「またまた。君は頭がまわるからわかるでしょ? 二つの勢力に狙われるってことは、二つの勢力から逃げなければならないし、抵抗しなけりゃならない。で、君は打って出るでしょ?」
 俺の性格を考えれば、打って出なくてもいいなら出ない。しかし、教師がこういうのだ。それが望まれていることは明白である。
「打って出るなら、三年を減らそうとする。これは二年生のお手伝いだね。もちろんこの逆もあるでしょ。そうすると三年生のお手伝いになる。けど、これだけじゃ第三勢力はちょっとお手伝いできたかなぁで終わっちゃうよね。さすがにせんせーもそんなに鬼じゃないよ」
 驚きのことばに、俺は絶句した。
 教師が暗にやれといっていることに対してではない。さすがに鬼じゃないということばに対してだ。俺はこの学園の教師のそのことばが信じられない。
「この授業は、次の授業もぶち抜きで続けることにしてるから。君がそこまでもって、九番くんが次の授業に出たら、加勢させてあげるよ。君たち二人なら、まぁ、よく抵抗できるよね? 反則と暗殺だもの」
「いや、でも、次の授業まででしかも出ないかもしれないんですよ?」
 実際は一織は確実に出ることを知っているし、俺の味方はほかにもいることを知っている。しかし、これは必要な口答えだ。
 けれど俺の口答えに教師は少し渋い顔をした。
「そんなこといっても、君、遅刻してきたわけだしさぁ……」
 教師が渋る中、隣のフィールドで一人の男が手を挙げる。
「ちょっといいですか」
 嫌味たらしい小さなモノクルと魔法使いらしく深い緑のローブをかぶった男……協奏だ。彼は今回、俺の味方である。
「反則くん一人なんて、三年にとってはおつまみ程度です。味方を用意……するのは面倒でしょうし、交渉させてみては? 反則くんにとっては戦闘中に交渉することが罰ゲームの一種になるでしょうし。あと先生方もたまには参加してはどうですか?」
 本来なら、法術を選択している協奏は魔法科の生徒で、このクラスにいない。しかし、いないはずの彼がしれっと混ざっているにも関わらず、教師はそれをツッコミもしないで唇を尖らせた。
「交渉は面白そうだから採用してもいいけど、せんせーが参加して得ってあるの?」
 得はある。授業中に堂々と三年を潰すことができるし、三年も教師を潰すことができるのだ。
 つまりこそこそと仕掛けなくていいのだから両方に利点がある。
 これも俺が提案したことで、これは良平から協奏に図面を返す時に伝えてもらった。俺と一織が朝までつめたのは、この合同授業で俺たちがどう行動するかだ。
「あるかどうかは知りませんが、僕たちは卒業前に貴方がたの鼻を折りたい。貴方がたもそうなのでは?」
 協奏は実に鼻持ちならない生徒に違いない。
 教師は、協奏がこの話に一枚噛んでいると知っていながら、片方の眉を思い切り跳ね上げた。
「そう。三年のせんせーもいいなら、せんせーはいいとしようかな?」
 今回三年を率いている教師は俺が三年に混ざるときにお世話になっている教師で、俺に卒業試験を手伝うようにいった教師だ。彼は二年のおしゃべりな教師が苦手なようで、小さく頷いただけだった。
「……いいみたいだから、せんせーたちは二八番くんの味方をしようと思うけど。さすがに、二年生が不利すぎるね?」
 この授業で、三年が一クラスなのは、二年生に対するハンデだ。その二クラスとて、二年の武器科の有名人が合わせて四人いる状態でも三年を止められないだろうと踏まれている。二年が不作とはいえひどい判断だ。
 だが、それもあながち間違いではない。
 それなのに、反則狙撃は的になり、暗殺者は参加していないのだ。その上、交渉すれば反則狙撃の味方になりそうな人間が二年のクラスにもう一人……つまるところ、俺の相方である猟奇もいる。普通、三人の実力者が欠けると計算するだろう。俺としてはあと何人か引き抜いて使いたいと思っているため、実際には、もっと不利なのかもしれない。
next/ hl3-top