そう、双剣を交渉するための材料にしたいのだ。もちろん、それだけでなく、必殺先輩自体を仲間に引き入れたいというのもある。
 俺はしばらくの間、誰にも見つからないよう、岩陰に隠れつつ走った。
 岩陰に身を隠すたびに、あたりを見渡し、周辺の気配を読む。大変疲れるが、最短距離でケガもなく目的の必殺が居る場所にたどり着くにはそれが一番いい。
 ある大きな岩陰までたどりつくと、俺はしばらくじっとして息を整えた。
 必殺の気配を読み取り、大きく深呼吸する。
「交渉か……材料が少ないな」
 俺は今出せるだけの交渉材料を数えつつ、岩陰からあたりを見渡した。
 この辺りは砂もすっかり見当たらなくなり、岩だらけである。まるで裂け目のようになっている崖や、高低差の激しい岩が並び立つ。砂は砂で足を取られて歩きにくいが、こうしたおうとつが激しい場所も歩くには適さない。
 寮に行くまでのアスレチック小道を何ということもない顔をして移動する一織のような人間でも、この場所は少し面倒だと判断するだろう。
 しかし、移動は面倒であるが、隠れる場所はたくさんあった。そこは利点といえる。
 そんな場所で、必殺は俺を待っていた。
 待ち合わせは当然、していない。
 俺は確かめるように、岩陰から顔を出しもう一度、その場を確認した。
 必殺はこの辺りでは一番大きな岩の上に堂々と立ち、俺を見下す。必殺のいる岩は、俺のいる岩陰にかなり近い。普段ならばこれほど近くまで行って、必殺を確認したりはしないのだが、交渉するためにここまできた。けれど攻防が難しいので、あまり賢い選択ではない。
 ただ、必殺を仲間にしたいのなら、良い距離だ。
 必殺は俺と目が合うとすぐにその岩を蹴り、宙を舞った。
「よぉ、ご機嫌か? 後輩」
 目を細めて笑う必殺は、俺が岩陰に隠れていることをちゃんと気が付いたらしい。その上で、俺を待っていたのだ。
 そして俺の準備が整ったと判断し、岩から飛び降りたらしい。足を振り回し、空中で姿勢を変えると必殺は剣を抜き、それを俺に向けた。
 避けるのは難しくない攻撃だ。
 しかし、この必殺という先輩はそれを難しくすることに長けている。
「あまり機嫌は良くないですが、先輩をお誘いしにきました」
 必殺は、更に目を細め、俺などよりよほどご機嫌な様子で、こちらに落下してくる。
 俺はあくまで避けるそぶりを見せず、必殺がその剣を動かすときまでまった。
「それは上々。お前さんに見初められたとなりゃ、自慢もんだなぁ」
 そういいながらも、剣をおさめるつもりはないらしい。
 俺に向けた剣があと少しで届こうというときに、先輩は剣を頭上に掲げた。
「展開!」
 俺はすかさず結界を魔法石で展開すると、その場から数歩後ろに下がる。必殺はゆっくりと唇を曲げ、その剣を斜め前へと振り下ろす。必殺はその反動を利用し、身体を俺より数歩離れた場所に飛ばした。必殺が持っていた剣は手から離されたため、そのまま俺の張った結界にぶつかる。
 すると、どこからどう見ても普通の剣にしか見えなかったその剣は、結界にぶつかった勢いで真っ二つに割れた。
「相変わらず、結界魔法か……たまには銃選択らしく、銃で防いでみては?」
 二つに剣が割れても、必殺は驚きもしない。
 それというのも、必殺の得物である剣は、二つを重ねることで一つになる剣だからだ。その剣を使う必殺は少し変わった双剣使いなのである。
「俺は確実性があるほうを取りたいですね……」
 俺も必殺の剣をちらりと見たあと、首を横に振った。
 それでも必殺は楽しそうな様子を崩さない。
 必殺は無視をされるのは嫌いであるが、こうして相手をしている分には上機嫌だ。俺と初めて戦ったときに腹を立てていたのは俺が無視するような態度をとったからだった。
 そのとき、それが俺の計算だと知るや否や、必殺は破顔一笑したのだ。計算の中に入れられているということは、無視ではない。そういって、必殺は俺の肩まで叩いた。
 そんな必殺であるから、俺の確実性ということばに舌打ちしたり、不愉快そうな顔をしたり、茶化したりはしない。
「お前さんの回答はいつも、七十点だな。それで、お誘いに来てくれたんだろう? どんな口説き文句を用意してきたんだ?」
 必殺はまったくその場から動かなかった。今、目に見える範囲で必殺の得物は結界にぶつかったそれだけであるのに、拾いにいく気配すらない。
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