「たいしたものは用意してませんよ。突然だったので」
 そういいながら、俺は展開してあった結界を消した。必殺はおそらく、交渉中は戦闘行為をしないつもりだ。だから、剣を手から離したのだろうし、最初から一つにしたままだったのだろう。
「それでも、あるんだろう?」
 俺は必殺が手離した剣を拾い、また、ゆっくり首を横に振る。
「いくつか、交渉材料になりそうなものはあるんですが……あなたには、素直にお願いしたほうがいいかなと思いまして」
「つまり?」
「俺の味方になってくれませんか。お願いします」
 近づいて剣を渡しながら何もひねらず頼んでみると、必殺はやはり満足げにうなずいた。
「やっぱりお前さんは、七割八割ってかんじだな。断られることは計算に入れてあるか?」
 必殺のいうことはもっともだ。俺はすべてを完璧にしようとは思わない。常にこれで大丈夫だという合格ラインで答えることにしている。あとの残った何割かは、逃げるための余裕であったり、他のことに使う余力であったり、休養であったりするのだ。
「入れないわけがないと思いませんか。その上で、高確率であなたは味方してくれるとおもってますけどね」
 そんな七割八割でも、必殺という先輩は、俺に合格点をくれる。俺はそう確信していた。だからこそ、双剣と交渉使用と思ったし、一番最初に顔を合わせることにしたのだ。
「その心は?」
「俺はあなたをいい先輩だと思ってます。あと、実力のある方だと」
「なるほど、全力でよいしょされてるな。いいぞ、うまくおだててくれ。木くらいなら登る」
 わかりやすい先輩でもある。そういわないのは、いわぬが花というやつだ。
 俺は素直な先輩に、何度か頷きさらに続ける。
「それに協奏はあまりお好きじゃないですよね? 今回、協奏を早々に追い出したいといったら……?」
 必殺が協奏を好きではないというのは、あまり知られていない事実だ。これは必殺が協奏を避けるわけではなく、たまに協力する姿勢をとっているためである。
 しかし、必殺はあまり協奏と手を組んだりしない。
 嫌いというほどではないが、しかし好んで手を組んだりはしないし、組まなくていいなら、楽ができても手を組まないのである。
「なるほど、お前さんは、こういいたいのか? 協奏とは今回協力しませんので、一緒にぶっ潰しませんかと」
 ワクワクが止まらないといった様子で、必殺は受け取った剣を一つに重ねた。一つになると、すっかり普通の剣にしか見えない。相変わらず、見事な細工が施された剣である。
 その剣は魔法武器の一種であるらしい。魔法武器といっても様々で、本人の力を使い、こうしてぴったりとくっつくだけの武器もあれば、こーくんの持っている武器のように投げたら戻ってくるというだけの魔法武器もある。もっと魔法らしい魔法が使える武器もあるのだが、そういったものは少なく、珍しい。
「ちょっと違います。協奏とはちょっと複雑な縁がありますが、この授業において、協奏を仲間にするつもりはありません」
 それらのちょっと特徴がある……癖がある武器を使う人間は、やはり癖があるものだ。
「なるほど、いいねぇ。それなら、今回は八十点だ。二十点余すあたりが、お前さんらしくていいから、五点追加して八十五点ってとこだな。いいねぇ。もう一声かからないか?」
 当たり前のように、必殺も癖があった。
 必殺は自分自身の気分をよくしてくれる人間が、かなり好きである。
「これから仲間にいれる予定の双剣が、あなたのファンです」
「よし来た。仲間になろう」
 とても簡単な先輩であるが、これでも損得の秤が非常に正確だ。おだてられるだけおだてられておいて『よしよし、よくいったよくいった。お断りだ』ということもある。
 それもあって必殺はなかなかの曲者だ。だから、協奏も必殺を使いきれないところがあり、あまり必殺に頼みごとをすることがない。今回の卒業試験でも、必殺は頼みごとをされていないはずである。
 俺は意識的に緩く笑む。
「よろしくお願いします」
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