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「やだー華がない」
一年生の的になるべく転送されてやってきたフィールドで顔を合わせるすごい人たち四人は、男ばかりだった。
それもそのはず、俺たちが現在通っている学園にはほとんど女が居ない。女生徒となると更に数を減らし、一クラスにまとめられ、授業で見ることも難しいほどだ。
だから、唇を突き出し文句を言ういかにもガンマンらしい帽子を被った男、早撃ち(はやうち)が言うことも今更である。
「あってたまっかよ。んなものあった日にゃ、システムの転送を疑うわ」
華に会うようなことがあればシステムの誤送だと思うらしい。パーカーのフードを目深に被り、ゴーグルを着用した焔術師(えんじゅつし)が俺を見たとたんに舌打ちし、早撃ちの足に蹴りを入れた。
それを痛がる早撃ちの様子はいいきみだ。ここまでためてきたストレスもありスカッとした。
「……先日は、どうも」
焔術師とは違い、俺に明らかな悪意を見せない代わりに、少しだけ気まずい空気を出したのは先日戦った暗殺者だ。銀の眩い髪に綺麗な青い瞳の美青年に見える暗殺者は、外見だけなら華といっていい。
「いや、こちらこそ」
俺も求愛などという偶然から、気まずさに小さく頭を下げた。そこにまた焔術師の舌打ちが飛んでくる。俺は焔術師に嫌われているのかもしれない。
おそらく生粋の魔術師であろう焔術師とは、まだコンビ戦闘でも当たったことがなく、魔法の授業を選択していないため顔を合わせたこともなかった。何故そうまで嫌われているのだろうと思い、少し記憶を辿ろうとしたときに、すごい人たちの最後の一人に声をかけられる。
「反則」
「なんだ」
顔の下半分をマスクで隠し、黒目がちすぎて逆に怖いくらいの目が印象的な男、アヤトリだ。この四人の中では、唯一友人といっていい仲で変装前の姿もよく知っている。
そのため頭の中ではめまぐるしくここ最近起こったことを反芻していたが、慣れからアヤトリへの返事はするりと口から出て行った。
「猟奇様」
システムが作動させている変装魔法の口調変換により、相棒が大層な呼ばれ方になっている。俺は記憶を漁るのは止め、アヤトリを見て首を振った。
「俺一人だ」
アヤトリがそれならば俺に用はないと不機嫌な顔を作るために精一杯口をへの字に曲げる。変装前も変装後も表情があまりないはずの友人に、俺は笑う。友人が無理にでも嫌そうな顔をするのは、今のところ俺だけである。
「飯、うまそうに食ってたぞ」
せっかく嫌そうな顔を作ったというのに、アヤトリの顔がふやけた。いくら下僕扱いをされても、すぐにハウスと言われても、アヤトリは猟奇に忠実で主人至上主義のワンコである。俺の報告だけで簡単に機嫌が良くなった。
俺の相棒にその飯を用意したのはアヤトリだからだ。そう、俺の相棒良平に昼飯を用意した青磁はアヤトリである。変装前とは姿形は違えど、性格や主人至上主義なところも変わらない。
「あっれ。反則狙撃ってアーちゃんと知り合い?」
それを聞いて蹴られた痛みも忘れたのか、早撃ちが顎に指をあて、ずいぶんあざとく首を傾げた。
今回転送されたフィールドは、森林浴が出来そうな深い森だ。そして現在地はそよぐ風も爽やかで涼しい木陰のなかである。そんな癒されそうな場所にいても、その早撃ちのあざとい格好は腹しか立たない。あまりの腹立たしさに焔術師が三度目の舌打ちをした。
俺が舌打ちをされたわけではないが、その場を濁すように曖昧な笑みを浮かべる。
「友人だ」
「一応」
アヤトリも俺の報告に喜んでいるだけではない。いつの間にか無表情に戻り、いかにも不本意そうに俺の答えに言葉を足した。本人曰く俺は、アヤトリの立場を脅かす好敵手なんだそうだ。よく警戒され、嫌そうな顔を向けてくれる。
「そうなんだ。じゃあ、俺とも仲良くしてくれないかなぁ。俺もアーちゃんとは友達でね」
「初耳」
変装魔法のせいで意思疎通のしづらいアヤトリだが、不満だけは素早く解りやすく言葉にした。アヤトリはどうやら早撃ちと友人ではないといいたいようだ。
「アーちゃんひっどい」
友人ではないといわれても、早撃ちは気にしていない様子である。これほどの軽さなのだから、軽い気持ちで仲良くなっても、おそらくうまいこと距離を測ってくれるに違いない。
俺も早撃ちくらい軽い気持ちで頷いておいた。
「やった! アーちゃんが酷くて、傷ついちゃったけど、おつりがでる嬉しさだね。反則狙撃って言えば、銃選択成績上位だし。お近づきになっときたかったんだよ」
そういう早撃ちは銃選択のトップである。
そう思えばここにいる四人は、トピックスを賑わす有名人であり、教師の言ったとおりすごい人たちなのだ。
早撃ちは、二年の銃選択のトップであり、その名の通りの中距離から近距離の銃の早撃ちを得意とする。
早撃ちをあくまで友人と認めたくないらしく、俺にもの言いたげな顔をしているアヤトリも、二年の武器科特殊武器選択のトップ成績だ。
「ならば、求愛された俺も仲良くていいかもしれない」
機嫌がいい日などないといわれている、常から不機嫌そうな顔の暗殺者も二年の武器科剣選択者の中では成績上位者であり、短剣やナイフを使わせると右に出るものはいない。
「冗談じゃねぇ。誰があんな反則野郎と」
俺への評価が辛いせいか、嫌いなせいか、冷たい態度である焔術師も魔法科の総合トップ成績だ。
そんなすごい人たちは適当に成績トップの生徒を集めているようでいて、なんらかの繋がりがあるらしい。アヤトリと早撃ちのように暗殺者と焔術師も不仲ではないようだ。
「それはお前の決めることじゃない」
焔術師に暗殺者が遠慮容赦のないはっきりとした言葉を吐き出す。俺にはそれが気兼ねのなさのように思える。
焔術師はそれでも暗殺者が断言すると、声を詰まらせた。
俺は話を切り替えるように代わりに声をあげる。
「仲良くとまではいかなくとも、一年生の的になっている間は協力してもらいたいが」
できることならば、この授業はスムーズに終わらせたい。そうでなければ、俺は一年中的にされてしまう。
俺の発言のおかげでようやく、今回集まったのは一年生の相手を務めるためであることを思い出したらしい。四人の視線が俺に集まった。