「そう言えばそうだったねー」
 頬をかき、一年生がいる方に早撃ちが顔を向ける。
「一年生に胸貸せ、だったか」
 気持ちを切り替えるためか、フードを少し引っ張り、焔術師も同じ方を向いた。
 俺たちが転送された場所は一年生から肉眼で確認できない。しかし、人によっては気配や勘のようなもので、俺たちを認識出来る。
 遠いが遠過ぎない絶妙な場所で俺たちは集っているのだ。
 俺は耳を澄ませるように少しだけ自らを静かに保ち、複数人の気配が漂う方へ感覚を向ける。固まった人の気配は、水のように広がり、空気のように溶け、一塊となっていた。
 その中に突出した気配をいくつか見つけ、俺は口を開く。
「引率の教師が五名。一年の有名人の気配はない。突出しているのが十、変わっているのが二だな」
「変態」
 気配を読んで教えると、アヤトリが即座に軽口を叩いた。俺は目だけをアヤトリに向ける。アヤトリは精一杯嫌そうな顔をし、俺に抗議しているようだ。猟奇ならばその様子を楽しんだことだろうし、俺もアヤトリを知っているだけに楽しい。
 少し笑いそうになったのを抑え、真面目な顔を作る。
「臆病と言ってくれ。変態よりマシだ」
 様子を窺っていた暗殺者が笑った。失笑のような、空気を零したものであったが、それは幾分柔らかい。
「いや、悪い。仲がいいな」
 アヤトリと、何故か焔術師から不満そうな視線を向けられても、俺は頷く。
「そこそこな。それでどうする?」



◇◆◇



 魔法は特殊な場合を除き、誰もが使える。人間には必ず魔法を使うための力が備わっており、力の量の多い少ないがあるから魔法使いとそうでない人間が出来るというのが俺の出身地での定説だ。
 その定説を裏付けるように俺の周りには幼い頃から魔法を使う人間がおり、俺自身も多少使うため魔法とはそう珍しいものでも難しいものでもなかった。
 しかし、魔法を使う際のイメージ段階で周囲に熱気を放つほどの力というのは、そうお目にかかれるものではない。
 そのお目にかかれない魔術師が焔術師である。
 焔術師はその呼び名どおり、炎の魔術を得意とし、火力が強い大型魔術を使う。だが、そのコントロールはあまりよくない。だからこそお目にかかれない状態になり、細かな魔術で当てにいくのではなく大きな魔術で押し潰そうとする。膨大な力を使い、広範囲に威力の強い魔術を長時間放たれては、逃げるのも難しいだろう。
 そう、たとえそれが仲間にあたるだろう俺たちであってもだ。
「これはちょっとひどいねー……」
「そうだな……」
 空気も焦げ付きそうな炎の雨の中、俺と早撃ちは走っている。
 教師に脅され、一年生を倒すべく手を組んだ俺たちは、焔術師の広域魔法で一気に一年生を蹴散らす作戦に出た。作戦内容は焔術師が広域魔法を展開するまでの時間稼ぎに、俺と早撃ち、暗殺者が一年生と乱闘し、アヤトリに焔術師を守ってもらうというものだ。
 作戦は一見うまくいっているかのように思われた。
 俺は一年生をうまく牽制し、時には逃げ場を減らし、時には武器を持つ手を止めさせる。早撃ちはその隙を狙い正確に素早く撃っては一年生を離脱させた。暗殺者にいたっては、一年生の背後を取っては一撃で離脱させ、次の目標に向かって走る間にナイフまで投げ、行きがけの駄賃といわんばかりに離脱させるという活躍ぶりだ。
 そして止めとばかりに展開された魔術は、多くの一年生をこのフィールドから離脱させただろう。
 しかし、その魔術は俺たちにも等しく牙をむいた。
「俺も暗殺者みたいに速かったらなぁ」
 一年生が張った結界を壊しながら、炎の雨が降り注ぐ中俺と早撃ちは移動する。魔術が発動する前からうまく位置取りをしていた暗殺者は炎が空にチラつくや否やその場から退き、遠方からナイフを投げはじめた。
「確かにあれほどの速さがあればこの雨の中でうまく逃げられそうだな」
 そう暗殺者のような身のこなし、速さがあれば俺や早撃ちのように炎の雨がかすめ、ジャージに穴をあけ、焦げ跡を作ったりはしないだろう。
 俺は二度引き金をひき、魔法のためだけに展開された結界を壊す。
 結界の壊された一年生は驚きでこちらを振り返る前に、炎の雨に晒され、離脱する。
「とかなんとか言いながら、反則狙撃はちゃっかりさんだよねぇ……一年生もたじたじだよ」
 まだ降り注いでいる炎の雨を避けながら、俺は腰に下げているポーチに触れた。
「早撃ちには言われたくないな。俺が牽制した連中ばかり狙って撃っていただろう」
 ポーチの中には俺の魔法が詰まっている。正しくは、一部他人の魔法なのだが、俺はそれによってこの窮地を脱することができるかもしれない。しかし、この場でそれを使ってもこの力押しを前に耐え切ることができるのだろうか。
 早撃ちの軽口に付き合ってはいるものの、俺は早撃ちや暗殺者と違い、避けることがうまいわけではない。今のところギリギリなんとか避けているだけなのだ。
 炎は空から降り注ぐだけではなく、周囲も燃やし、次第に逃げ場が少なくなっている。
「気のせい、じゃないかなぁ……っていうか、反則狙撃も反則するなら早くしてね。俺、結構ギリギリよ」
 どう見ても余裕があるようにしか見えない早撃ちは、先ほどから攻撃の手を緩めていた。本当にギリギリなのかもしれない。
 俺はポーチの中に手を入れ、一つだけ、はっきりといっておく。
「反則はしてないんだが」
「よく言うよ」

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