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悪あがきはおおよそ成功したといっていい。しかし、こうして食堂の大画面を前にすると、失敗したと思う。
繰り返し繰り返し流される俺の悪あがきは、やっていた本人からしてみれば楽しい見世物ではない。またも食堂で席とりをしている良平にからかわれるとわかるから余計にそう思う。
けれど俺は食堂にいる連中同様、大画面を見上げる。
その中で、反則狙撃と呼ばれる俺は、いつもの見慣れた姿形を変化させ、やけくそになって暴れていた。
二丁の拳銃を持ち、空から降ってくる炎の雨を避け、一年生が炎の雨から逃れる邪魔をする。かろうじて炎の雨を避けた一年生を撃つ。それだけでは倒せなかった一年生さえも、安全な場所から攻撃をしてくれている二人に止めを刺させたり、いいように誘導し、撃ち抜いたりした。
一年生から見たら厄介でなんとも嫌な奴である。
そんな嫌な奴も、最後は炎の雨にうたれ、離脱した。
それを何度も何度も、本日のトピックスというだけでみせられるこちらは、恥の上塗りのようなものでとても恥かしい。
「ないわ……」
あまりのことに食堂が混雑する時間を避けたくらいだ。おかげで、今日の夕飯は白身魚の練り物がひときれと、ネギくらいしか乗っていないあっさりとした麺類しか注文できなかった。食べ盛りには酷な量である。
トレイの上に乗った夕飯を見た後、もう一度確認するように画面を見た。やはり、俺の夕飯を質素にした原因は俺ばかりピックアップしてくれている。今回は五人で戦闘行為をしていたが、派手に動いたのは俺だけだ。他の四人もトピックスに出てくるし、焔術師の魔術も派手ではあった。だが、焔術師はそれが普通なのだ。いつもより活躍したとはみなされていなかった。
「最後に離脱したっちゅうのは、活躍とちゃうんちゃう……」
力ない声で嘆いた上に、ため息まで出してしまう。
いつまでもこうしていても、麺が汁を吸い伸びるだけだ。混雑していないとはいえ、やはり人の多い食堂の机と机の間を歩き出そうと、前を向く。
前を見た瞬間に、しまったと思った。
一歩を踏み出したところで、俺と同じように食堂の大画面をチラチラと見ていた誰かとぶつかってしまったのだ。
その時目にとまったのはぶつかった人ではなく、トレイから零れ落ちようとしているデカイ皿に乗ったデザートの盛り合わせだった。アイスが、ケーキが、クッキーが、プレッツェルが、フルーツが、一斉に皿からすべり落ち、トレイを飛び越え、床へと飛び込むと確信したとき、俺はその人物が持っていたトレイを片手で奪い、下から上へ俺が居るほうへと掬い上げるように半円を描く。
ぶつかった相手も俺より先に俺の夕飯が目に入ったらしい。同じような行動をとった。だからこそ俺のトレイも、相手のトレイも容易に奪い取れる状態だったのである。
「すみ、ません……」
俺はなんとか謝罪を口にし、現状を把握しようと努めた。
食べ物を救出する際、どうやら俺よりも相手のほうの行動が早かったらしく、一歩踏み出した状態で俺の左の上半身にその身を乗せるような格好になっている。俺は俺で、背を反った状態でその相手の腰を左手で支え、右手に相手のトレイを持っていた。なかなか俺はつらい姿勢である。
「……すまない」
いつもは遠くで聞くしかない声を聞いたが、姿勢のせいで、それどころではない。だが、相手も混乱しているようで、なかなか姿勢を直すことができないようだ。
「兄貴、何し、て……あ?」
これもまた聞き慣れた凄みのある、地を這う声がする。人気のない場所でいつもどおりの俺であれば一つや二つ口説き文句を発していたところだが、この状態ではいかんともしがたい。俺の背中が大変なことになる前に、俺の上にいる人物には体勢を整えてもらいたかった。
「はよ、どいたって、ください」
「あ、ああ」
ようやくどういう状態か理解したのか、俺から身体を離した相手の動きは、速い。行動するまでが遅かったものの、動きそのものは俊敏といってもよかった。
「本当にすまない」
俺に乗り上げていた人物が居なくなり、俺もようやく身体を正常な状態に戻す。
そこには、普段は遠くから見ることしかない生徒会副会長がおり、その後ろには不機嫌とはこうして表すものだといわんばかりの生徒会会長がいた。副会長の謝りながらもあっけにとられた様子は珍しいものであったが、それよりもその後ろにいる会長が気になる。
「兄貴、あんな変態は無視をしていくぞ」
「……十織(とおり)」
副会長がたしなめるように語気を強めると、会長は顔をそらす。その姿は、こんな状況でなければ色目もあって感動ものの可愛さがあったと思う。
そう、俺と副会長がぶつかった瞬間から、食堂のあちこちから視線を集めるような状況でなければ、である。
「いえ、その、すみませんちゅうか、お気になさらず……」
いまだデザートの盛り合わせをもったまま、涼しさを通り越し、寒い気分で空いた手を振った。先ほどまで副会長の腰を抱いていた手である。この手さえなければ、いや、副会長という人気者とぶつかった時点で俺はやらかしてしまっていた。
学園で残念なのは求愛だけではない。人気者に何かしらアクションをとった俺のようななんの変哲もない普通に見える人は、ひととおり騒がれてしまう残念さもあるのだ。この騒がれるというのが、噂になる程度であれば何処吹く風でいられる。しかし、ちょっとした嫌がらせがあったり、調子のんなよと校舎裏に呼ばれたりするのだ。非常に面倒である。
「いや、しかし」
だが、俺にとって幸運だったのはぶつかった相手が副会長だったということだ。副会長は人気者であるが爽やかで紳士的である。そのファンたちも優しいほうだ。もし、その後ろにいる会長にぶつかっていれば、ある意味幸運と言えたが、次の瞬間から不幸に見舞われたに違いない。会長のファンは、たまにいき過ぎている人がいて、かなり怖いのだ。
「俺の夕飯も無事みたいやし、副会長のデザートもこの通りなんで、なんちゅうか、この奇跡にすげーっちゅうて喜んで終わりっちゅうことにしときましょ」
互いに反射で動いたが、汁物と大量のデザートが無事なのは奇跡のようなものである。だから、俺としては視線が痛いばかりのこの場から逃げるべく『すげー』で終わりにしてもらいたい。
副会長は少し首を傾げた。
その様子は兄弟だから会長と似た顔のせいで、少し可愛く見える。一般的に見れば会長も副会長も男前な兄弟であるが、俺には可愛く見えるフィルターがかかっているので仕方ない。
少しあと、副会長は表情を緩めた。
「そうか、『すげー』な、ありがとう」
実に爽やかである。
後ろに居る会長が恐るべき鋭さの舌打ちをしていることと、やはり周りの視線が痛いことに目をつぶれば、ハーブの香りすら漂ってきそうだ。香りはしなくても、どれも副会長自身がしたことではないので、副会長自身の爽やかさは損ねなかった。
ただ、俺の心に冬の隙間風が吹き込むのはとめられない。
「ほな、これを」
「ああ、どうぞ」
それでも俺は、手に持ったトレイを副会長と交換し、会釈しその場から逃げ出した。
すれ違いざまに会長に睨まれ『アレは駄目だ、反則野郎より駄目だ』と言われているのを聞く。会長はどうやらどちらの俺も駄目らしい。俺は会長の態度にいけずやわぁ悲しいわぁと嘆き、明日からの学園生活を憂いつつ、良平の待つ席へと急いだ。
「それにしても、ほんま副会長て会長とよう似とるわ」
このあと良平にからかわれたのは言うまでもない。