学園には残念な風習がいくつかある。
それが求愛であったり、目の前の光景だったりするのだ。
「聞いてるのかな、叶丞くん」
俺はこちらを睨みつけてくる眼鏡の男に神妙な顔をする。
副会長とぶつかってから数日経っていた。今回は連中も見逃してくれたのかなと思う頃、俺は裏庭に呼び出されたのだ。
呼び出しの手紙を見つけたとき、嫌だ行きたくないとすっぽかそうと思った。しかし、俺はどうしても気になることがあり、それのためだけにこの裏庭へとやってきたのである。
複数の気配が俺たちを取り囲んでいることに気がついていても、その気配の持ち主達の視線に気付いていてもめげずに、俺は一つ頷いた。
「副会長様に近づくには資格が必要だと、そういうことですよね」
「そういうことだ、叶丞くん」
眼鏡の男はキラリと眼鏡を光らせた。光源が少なく年中じめじめしており苔の目立つこの裏庭で、それでも眼鏡は光る。魔法なのか眼鏡に何か仕掛けでもあるのかとそれも非常に気になった。だが、それ以上に呼び出しの手紙の最後を締めくくった単語が気になって仕方がない。
「その、聞いてますし、内容も理解しましたが」
「が、なんだね、叶丞くん」
青年というのをためらう七三の真面目そうな眼鏡の男から目を逸らすことなく、俺は続けた。
「薄青同盟っちゅうのはなんですか?」
「我らのことだよ、叶丞くん」
眼鏡が一筋の光を走らせる。あの眼鏡には一体どういった仕掛けがあるのだろう。薄青同盟という、ちょっと渋くて爽やかな色の同盟さえなければ七三眼鏡男に尋ねているところである。
それほど、薄青同盟という、なんであるかはわかるが、どうしてこの名前になったかがわからないものが、気になって仕方なかった。
「そうですか……では何故、薄青同盟という名前に」
「なんだね、叶丞くん! 薄青同盟に興味があるのかね!」
興味がないといえば嘘になる。だが、この迫り来る七三眼鏡男の言うところの興味とは違う気がした。
「君が同盟に入るというのなら、試験をクリアし」
「そういう興味とはちゃいますから」
迫り来る七三眼鏡男から逃げているように後退している間に、校舎の壁に背中をぶつける。
「なんだね、では、叶丞くん。君は同盟の名前が気になると?」
「そういう……ことに、なり、ますね……」
じりじりと顔面に迫ってくる眼鏡から逃げるために顔をのけ反らせつつ、俺はなんとか答えた。喉の辺りも苦しいが、背中も同じように反らしたためになかなか辛い。
「そうか。よかろう。ならば、決闘だ!」
「いやいやいやいや、なんで決闘」
「問答無用! 我らは君に資格があるかどうかを問いに来たのだよ! この決闘は最初から予定していたのだ」
ならば最初から、副会長の素晴らしさや有資格者の特典も語らずに、決闘を申し込むといってくれればいいのだ。
俺はついに顔の前に手を差し入れて、七三眼鏡の顔をゆっくりと前へ押した。
「辞退してかまいませんかね」
「君が薄青同盟の由来を知りたいのなら、受けるべきではないのかね!」
「それが条件やったら、ちょい薄いですわ……やっぱり辞退……」
俺が決闘を断ろうとしているそのとき、俺たちを取り囲んでいる気配の中から一人の男が飛び出す。校舎の二階の窓から身を乗り出し飛び降りた姿は、まるで後ろ足が強い虫のようであった。
「ちょっと待った……!」
飛び出した勢いで揺れる薄い紫のようなふんわりとした銀髪、綺麗に着地した長い足、こちらを見て笑う顔……何をとっても憎らしいイケメンだ。飛び出してきた姿は虫のようだったというのに、こうしてみていると若い鳥のようにしか見えない。一人捕食関係だ。
そいつは風紀副委員長だった。
「そういうことは風紀を通してもらおうか」
その姿は神様にどうしてあのスペックを俺にもくれなかったのだろうと文句をいいたいくらいの格好良さである。文句をいったところで、俺の造詣においては神様の関わる余地がなさそうなことも知っているのでただの八つ当たりであり、現実逃避だ。
その風紀副委員長は自然な動きで俺たち二人に向かって歩いてきた。おそらく、俺が残念だと思っている学園の風習に、こうして何度も首を突っ込んできたのだろう。さきほど飛び降りてきたとか、ずっとこちらの様子を見ていたとか、そういったものを感じさせない。
それもそうだろう。もめている生徒たちに割ってはいることは、学園の風紀委員たちの日常だ。風紀副委員長がやっていることは当たり前のことなのである。
しかし俺は風紀副委員長を見た瞬間に手を校舎に貼り付け、じりじりと横歩きを始めた。
「何を逃げようとしているのかな、叶丞くん」
逃げようとしている俺の腕を掴んだのは、七三眼鏡だ。決闘を申し込んでいるのである。決闘相手に逃げられるのは阻止したいだろう。その上、俺に顔を押されたことが相当嫌だったようで腕を掴む手がいやに力強い。
「決闘のお話はまたっちゅうことで、ほら、風紀に捕まったりしたら面倒やないです?」
「何が面倒なものか。この際、副委員長殿に決闘の審判をお頼みしてもいいくらいだ」
それが嫌だから、俺は逃げたいのだ。
学園の風紀委員会は学園の厄介ごとに首を突っ込むのが仕事である。その厄介ごとを解決、または未然に防ぐことが学園の風紀委員会という組織の存在理由だからだ。けして、浮ついた空気だとか挨拶の徹底だとか、そういった学園の風紀を正そうという集団ではない。
だから、風紀委員たちがこうしてハイスペックな生徒のファンだと名乗る連中に、なんの目立つこともない生徒が調子にのったと絡まれていたら首を突っ込む。もちろん、厄介ごとを解決するためだ。
しかし、首を突っ込んできたのが風紀副委員長となると話は違ってくる。
「ラッキー。俺が何か言うまでもなく頼まれた」
風紀副委員長は三度の飯よりトラブルが好きだからだ。四方八方、どこかで厄介ごとが起こったと聞けば傍観し、いらぬ合いの手をいれ、高確率で厄介ごとを更に厄介にして遊ぶ。それが風紀副委員長なのだ。
「いや、あの、俺は決闘受けるちゅうてませんし」