なんてったってポイズン


「この中に、美味しいチョコレートが一つだけあります……つーわけで、選べ」
 商業都市から流行りだした好きな人にチョコレートを渡すという日のことだった。
 青磁は毎年、この日になるとチョコレートをもらってきて、食わねぇのにと机の上に積み上げるので、それなら俺が与えたら食うかなという興味本位でチョコレートを用意してみたのだ。
 右端から一つ目、売店で買ったチョコレートをそれっぽく包んだ代物。少し華やかさを抑え目に、シックな包みに金の細いリボンをそれっぽくまいてある。叶丞はこいう作業をそつなくこなす。お礼に売店のチョコをおすそ分けした。
 右から二つ目。実はチョコレートではなく、実用品。ケシカスがまとまる消しゴムの特大版セットだ。消しゴムはどうして部屋の中で旅をするのだろう。おもしろがった会長が包んでくれたのだが、無駄に華やかだ。どこでその技術を体得してくるのか知りたい。
 右から三番目で左からも三番目。折り返しの真ん中。実はこれがあたり。包み紙はなんの変哲もない新聞紙という素朴さを演出。こちらはおもしろがった風紀副委員長の作。わかりやすい引掛けだ。
 左から二番目、こちらは怪しげなドリンクセットだ。追求が『これであなたの意中の人もメロメロ!』とうりだしていた。実に興味深いのだが、身をもって体験するのは嫌なので、選択肢としていれてみた。
 さて、最後のひとつ、左から一番目。チョコレートを渡すイベントが流行りだした頃から、少しして流行りだした、手作りという風習だ。最初はトリュフを目指したのだが、香りはしないし、どうみても、泥にしか見えないトリュフをそっと箱に入れたものだ。一応、包装も自分でやったが、紙袋にそれっぽく入れただけだ。ワンコイン数枚のリボンシールの存在が熱すぎる。
「えぇと……」
 青磁は自分がどういう状況に立たされたかわかっていないらしい。
 俺は、ふっ……と笑った。
「チョコレートをやろうと思って」
「くれるんすか!」
 嬉しそうだ。
 名犬だったらここで、最初に手に取るべきなのは真ん中だろう。
 俺としては消しゴムか怪しげなドリンクを推したい。
 俺は黙って頷く。
 青磁はまったく迷わず、左端に手を伸ばす。
 俺はその手が届く前に、声をかける。
「ヒントをやろう」
「はい」
「協力者は、叶丞、会長、副委員長だ。そして今、手を伸ばそうとしているのは間違いなく美味しくない。間違いなくだ」
「はい」
「で、どれだ」
 青磁はそのまま、左端の泥のような、いっそむしろ、もう、泥だ。匂いがしないのが一番怖い。そんな食べ物ではないだろうものを手にとった。
「……ばかか?」
「いや、正しい選択すけど」
「……ばかだろ?」
「大丈夫すから」
「そうか……いのっとくわ……」
「はい」
 へへへと言わんばかりに喜んでいる馬鹿犬にどうしていいかわからない。
 わかっているなら、そんなものを選ぶなといったところで、青磁は選ぶのだろう。
 それでも俺は勧めない。
 けれど、男というのはいつでも好きな人の手作りが欲しいものである。
 ポイズンクッキングが保証されている人間以外の、だ。
 青磁、馬鹿だな。
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