あきらめません、好きだから。


中学一年の頃、悪に憧れた。
悪ぶって、不良になって、喧嘩を売って、ぱしりになって、少しずつ段階をあげていって、そこそこ不良としての名を馳せた。
中学三年の頃、好きな女の子ができた。
真面目で可愛く、不良なんて縁のなさそうな女の子。
彼女に好かれたくて勉強をしてみたり、できるだけ喧嘩をしないようにしたり、仲間内にも相談して、話し合いだとか殴り合いの末、不良を卒業。最後には仲間も笑って見送ってくれた。
そして、必死で勉強したり彼女に接触したりして、好かれる努力をして、告白の結果、振られる。
振られた理由は、『好きな人がいるから』。
彼女の好きな人は、一つ年上の先輩で、彼女が行きたい高校に通っている頭がよくてかっこいい人だった。
真面目な彼女の志望校に合わせて勉強をしていた彼は、失意のどん底の中。このまま不良に返り咲いてもおかしくなかったが、ただ悔しく思い、更に勉強をした。
かっこいいという点では、負けていないと思っていたからだ。 その結果、彼女の志望校よりも二つランクが上である学校に合格した。彼女と同じ学校にしなかったのは、振られたのに追いかける勇気が無かったからだ。
しかし、合格したあと、彼は不意に虚しくなった。
彼女のいうところの、頭がよくてかっこいい男になったつもりであったが、時間をかけすぎてしまったのが良くなかったのかもしれない。
気がつくと、彼女のことを昔ほど情熱的に見れなくなっていた。 それが、中学卒業前の話。
やってみると意外と勉強は楽しかったし、自分自身を見つめる機会が少しでもできたことが、彼のプラスとなった。
彼はやはり不良には返り咲かず、色々なことができる学校にいこうかと思い、進学校を蹴って、二次募集をしていた幾つか学科のある高校の特進科にいくことにした。
高校一年は様々な学科を歩きまわり、部活動も始め、忙しくしていた。
結局、様々な学科を歩いたが、とくに彼がひっかかるものもなく、半年で自分のいる学科に絞った。
部活動は今も続いており、なかなか面白いと思っている。
そして、今、高校二年の一学期終わり、中里竜二(なかざとりゅうじ)は屋上にて、男に告白をされる。
「………は?」
思わず聞き返してしまった彼は悪くない。
「好きだ。…だから、付き合え」
同じ言葉を二度繰り返されても頭がついていかないのも仕方が無い。
同性に告白された。というだけでも、何度聞いても『は?』と聞き返してしまう自信が、リュウジにはあった。
その上、その告白してきた男は一年生で、更にいうと学校で噂の絶えない不良だった。
不良仲間と連絡はとっているし、たまに会って遊ぶこともあるとはいえ、喧嘩も、夜遊びも二年ほどご無沙汰で、不良とは程遠い生活をしていた。
いくらリュウジがあまり気の長いほうではなく、呼び出しやカツアゲに対応する際メンチを切ってしまっても、新しく不良と交流を持つほどではなかったはずだ。
「こたえは?」
答えを促され、リュウジは、眉間に皺を寄せる。
もう一度目の前にいる一年生の言葉を反芻し、コレだけは言っておこうと思った。
「付き合えっていうのは…人にものを頼む態度じゃねぇなぁ」
リュウジの沸点は高くない。
もちろん、そんなに低くも無い。
しかし、昔の癖なのか、自分自身より背が高い不良と見て取れる人間と相対するとどうしても態度が辛くなってしまう。
それというのも、高校一年まで伸び悩んだ身長に原因があった。チビだチビだと馬鹿にされ、舐められたリュウジは、やたら身長の高い不良は敵以外の何者でもなかったからだ。
今現在は平均身長よりも高い。
それでも少しうえにある後輩の顔を、リュウジはかつて磨いた眼力で睨みつけた。
「あぁ?」
臆することなく不機嫌な声を出すところは、さすが現役といったところだ。
それでもリュウジは、怯まず言い放った。
「んな態度でイエスというほど、てめぇのことシラネーし、好きでもねぇよ。つか、俺は女の子がすきだ。答えは、ごめんなさい、だ」
正直、今のリュウジは地味だ。
昔染めていた髪はすっかり真っ黒になってしまったし、中学三年のときに勉強をした結果、視力を落とし、眼鏡かコンタクトが手離せぬ身体になった。
顔立ちはもともと派手ではなかったし、ファッションに気をつけなければ何処にでも埋もれてしまえる印象の高校生でしかない。
私服時とはちがい、制服などは可も不可もない何処にでもいる高校生のような着こなし方で、チャラチャラしてはいないけれど、真面目というわけでもないといった感じである。
髪をセットして来るくらいなら朝はその分寝ていたいという思いから、寝癖くらいしか直していない。
出会いはもう、学校内ではなく学校外にもとめているため、それくらい学校では適当なのだ。
そんな地味なリュウジがメンチをきり、さらには乱暴な口調で、怯えることなく不良の告白を断った。
断られることは予測していたが、このような断られ方をしようとは告白をした不良としても予想外である。
しかし、告白しているのはこの辺りで有名な、学校で一番すごいと言われる不良だ。断られても、『うん』と言わせるつもりだったし、『好きでもねぇよ』の冷たい響きに予想以上に腹がたったようだ。
「…んだと…!」
彼がリュウジの胸倉をつかもうとしたその瞬間、リュウジはその腕を捕らえる。
一瞬にして、リュウジに惚れた哀れな男は反転する。
…リュウジが所属しているクラブは、合気道部だった。
少しは落ち着いた男になれるかと思って所属したクラブではあったが、まだまだ精進が足りない。
リュウジは、ため息をついて呆然としている男をおいて屋上からさっさと退場してしまった。
コンクリートの上で一頻り咳き込んだ後、哀れな男は呟いた。
「畜生、…惚れなおした…」
どうしようもないとは、まさにこのことである。
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