不本意ながら、伝説です。
リュウジが夏井をふり、夏井がしつこくリュウジに食い下がり、特進科の人間が夏井を見慣れ、リュウジたまには相手してやれよ…と夏井が哀れまれる頃だった。
夏井はしつこいながら、うざいほどではなく、軽く流しているリュウジさえ感心するほど引き際というものを知っているようだった。
告白してきたときは、ひどい有様であったが、あれは極度の緊張からくるものだったのだなと思うほど、夏井は絶妙な態度をとった。
今の二人はとりあえず友人と言ってもいい。
会話にしろ、態度にしろ、夏井は好きだということを全面に押し出したりしない。
たまに見せる態度や、ふと思い出したように感じる感情、そして軽口…それらがたまに、リュウジのことを好きなのだろうと感じさせる。
たらしだな。と感心してしまうリュウジはすがすがしいほど夏井に対してちょっと変わった経緯でできた友人という態度をかえない。
最初こそ態度と、今更怒るほどのことなどない身長差に苛立ったものだが、健気で可愛いといってもいい後輩を邪険にし続ける事はなかった。…優先順位がそれほど高くはなくても。
「今日?金木が、集会久々にこねぇ?って誘ってくれたから、それいくわ」
夏井がリュウジに絡むようになってからというもの、リュウジが不良に返り咲いたという噂は、不良仲間にあっと言う間に広がった。
リュウジが否定しても、あちら側は信じてくれず、夏井との関係ではないのだが、ワイワイと騒ぐ友達付き合いだけ、夜遊び解禁をしている。
「…俺も行っていいか?」
学校の裏番長だのなんだのと騒がれている夏井は、族やチームに所属していない。
本人に所属する意志がないだけで、誘ってくる人間は多くいるし、慕ってくる人間も少なくない。
リュウジを誘った金木という男も、夏井をチームに引き入れたいと再三リュウジにそれとなく誘うように言ってきていた。
「あー…」
正直な話、リュウジは誘うように言われることがすでに面倒になっていた。
「いいぞ」
夏井本人にふられればいいと、軽く思っての言葉だった。
しかし、それが間違っていた。
そう気がついたのは、集会場所について、『あれが、あの、中里竜二!』『あの中里竜二が、夏井荘一(なついそういち)を連れてきた』と騒ぎになってからだった。
夏井が騒がれるのは有名人なので仕方ない。
だが、リュウジは自分に『あの』とついていることが気に食わなかった。
昔の蛮行が伝説のようになっているは、甚だ不本意である。その上、昔の仲間がそれを助長していることが更に頭を痛ませる結果となっている現状に、眉間の皺が深くなる一方だった。
「金木ィー…」
普段の適当さとは違い、TPOをわきまえて姿形を変えてきたリュウジを見られて嬉しいと思う反面、背筋が凍るような低音で人の名前を呼ぶリュウジに、夏井は視線を彷徨わせる。
近くにいただけで、しかもリュウジに盲目的といっていいほど惚れている夏井がその調子だったのだから、呼ばれた本人である金木は生きた気がしなかった。
「…な…なんだよ」
それでも、声を上げて強がったのは、不良としての意地もあった。それよりなにより、リュウジとの付き合いはそれほど短くないこともあった。
「お前も伝説に一部になりてぇんだな…?」
正直、なりたくはない。
しかも、中里竜二の伝説に花を添えるための存在にはけしてなりたくないだろう。
「や、それ、いや、…いやだっつってんだろおおおおおおお!!!」
最後には逆切れをしてしまったのは、仕方ない。
この界隈では、こっそり伝説になっている男、中里竜二。
実はヤンチャをしていた時に、いたっていい奴なのだが、たまにドSな、とあるチームの副総長候補だった男として有名だったのだった。
それはリュウジではなくても不本意というものだ。
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