魔女っこ・トノ




ハロウィンというやつは、昔から仮装を期待され、写真を撮られる行事だった。
「トリックオアトリート」
笑いながら俺に菓子を渡した後、本格的なゾンビ姿の高雅院がお決まりの文句を聞いてきたときに、その認識は瓦解した。
素直に菓子を渡せばいい。大量に持っているのだから、素直に渡せばいいのだと思いはするものの、高雅院のするイタズラに興味があった。
イタズラというと迷惑なものから可愛らしいものまで多岐に渡る。人によってはセクハラも、その他性的な何かも、イタズラだ。多種多様である。
では、高雅院のイタズラはなんなのだろう。
高雅院にされるイタズラなら、迷惑でもハラスメントでもない。
されてもいい気さえする。
しかし、問題があった。今現在の俺の格好だ。
「……何故……」
「このハロウィンは、うちの主催だろう?」
「卒業……」
「ゲストだ」
原因はクジにある。
してもらいたい仮装をクジにして、生徒会で一人ずつ引いたのだ。
俺は魔女っ子だった。
珍獣扱いで写真は撮られるかもしれないが、きゃあきゃあ騒がれることもない。見せて恥ずかしいと思えるような人間もいないから、気も楽なはずだった。
ごった返す仮装の中にいたゾンビを見つけるまではそうだ。
ゾンビを見つけ、その体格雰囲気で、後ろ姿から、確信したくない事実を発見した。
高雅院雅という、こんな姿を見られたら恥ずかしいと思える人だ。
「すごい格好だな」
ハーフパンツにガーターベルト、靴下はつけずに、この寒い季節に脱ぐのも面倒なサンダルを履いていた。上にはへそどころか、申し分程度に胸が隠れていればいいという、女性の水着のようなものを着ている。
「く、クジで」
本当のことを言ったというのに、どうしてこんなに言い訳がましく聞こえるのだろう。どうすればいいのか、最初からわからない。
「クジなら仕方ないな」
笑ってそう言ってくれる高雅院の、なんと優しく男前なことだろうか。
たとえ本格的に腐った肉をまとっており、周りに恐れおののかれても、これは惚れてしまうのも頷ける。
「で、トリックオアトリート」
「と、トリック……?」
仮装のことや、現実逃避にイタズラのことを考えていたのがよくなかった。半端に聞き返したそれを、答えととったらしい。
「いけない魔女だな」
そう言って、噛み付かれた。
手を振って爽やかに歩いていった高雅院を見送りつつ、呆然と俺は指を掴んで首を傾げる。
「舐め、られ……た?」
高雅院がまさか、そんなことをするわけがない。ないのだが、生暖かく、湿気た感触があったような気がしてならなかった。
その前に指先を噛まれてしまったことについて何か思うべきだったのだが、まるで夢幻のような出来事すぎて対応できない。
あまりのことにぼんやりしすぎて高雅院が俺の元に帰ってくるまで、俺はその場に立ち尽くしてしまったのだった。