狼男・アオ




ハロウィンどころかそのほか諸々、盆暮れ正月以外は断る。みたいな顔をしている男に、俺は一つ言いたいことがあった。
「トリックオアトリート」
「菓子は持ってないが、悪戯も断る」
「なんだ、そののりの悪さは」
菓子もそうだが、悪戯もできるとは思っていない。しかし、それでも、言いたかったのだ。
「トリックオアトリート」
「まだ言うか」
「いいじゃねぇかよ、年に一回くらい」
「その年に一回の行事が一年にたくさんあんだよ、わかってんのかそこんとこ」
恐らく、年に一回のありとあらゆる行事で理事長や友人に絡まれて辟易としているのだろう。かくいう俺も、牧瀬には各行事ごとに絡んでいきたい思いがあった。
「どうせ菓子なんてもってねぇんだろ。せっかく仮装までしてやってきたんだから悪戯させろ、悪戯」
「その仮装ってやつも気にいらねぇんだよ、なんだそりゃ、風紀の連中がビビッて部屋の隅で怯えてるじゃねぇか」
ふわふわの耳、ふさふさの尻尾、憎らしいまでのピンクの肉球に、ぽっこりした腹。
狼男のきぐるみは、俺をこの上なくぷりてぃーに仕上げてくれている……はずだ。怖くて鏡で確認できなかった。
「かわいいだろうが、狼男だぞ」
「もっと自分自身の姿形を考慮して仮装しろよ」
「何言ってんだ、そんなもん考慮したら、廊下に人が倒れて邪魔になるだろうが」
「至極当然に倒れるとか邪魔とかいってんなよ、人でなしが」
「狼男だからな」
「そこでしてやったみたいな顔をするな、腹がたつ」
では、どうすればいいというのだ。
確かに姿形を考慮した仮装をすれば、もう少し風紀委員会でもソフトな扱いを受けたに違いない。だが、風紀委員室に来るまでの間に色々な些事に捕らわれてしまうのも確かなのだ。
風紀委員室に辿りつくまでの間に、牧瀬がいなくなってしまっては意味がない。
「とにかく悪戯だ、悪戯」
なおも嫌そうな顔をする牧瀬に手を上げて、狼男というより熊のように迫る。
じわりじわりと、他の連中がいない部屋の隅に追いやられた牧瀬は、何かを覚悟したらしい。ため息をついて、狼の鼻を持ち上げた。
牧瀬は口の中にいた俺の唇を奪うと、再び狼の鼻を元の位置にもどした。
「悪戯でいいんだろう?」
「……俺がするのがルールじゃねぇの?」
「面倒だから臨機応変にいけよ」
俺がきぐるみでうまく追いかけられないのをいいことに、牧瀬はそうして逃げていった。
クソ、させるならもっとすげぇことさせたかった!