狼男・青磁



伝承によると、吸血鬼は虫やネズミ、霧なんかになったらしい。
今、俺の尾をなでてうっすらと笑っている良平さんは、クモのようなものになっていた。
クモは虫だ。
もし、俺のこの姿が狼男なら、良平さんは吸血鬼だと思ってもいいんじゃないだろうか。
吸血鬼の良平さんは、きっとかっこいい。
生き様が何よりかっこよく尊敬している良平さんが、どんな姿でもかっこいいのは当然だろう。
俺をどんなに可愛がっても、叶丞にどんな理不尽なことを言っても、俺にとって良平さんは誰か、何かと比べることもないくらいかっこいい。
そう、なんでもかっこいいのだ。
クモであってもかっこいい。
しかし、今は吸血鬼ほど良平さんに似あう伝承の生物もいないように思う。
吸血鬼というものは、ことごとく容姿がすばらしいものらしい。
良平さんはかっこいいが、世間一般的に見ると意見は分かれるところだ。どんなに俺の世界の中心が良平さんであっても、吸血鬼に期待するすばらしい容姿は良平さんに備わっていないと世間は判断しそうである。
それを考えると、俺の知る限りでは、一織や十織はそれに当たるだろう。
だが、俺はそれでも、良平さんほど吸血鬼が似あう人はいないと思う。
ただ単に俺の世界における良平さんが大きすぎるというだけであると俺も、解っている。解っているからこそ、口には出さない。
「……おいおい、これはどういうことだ」
良平さんの声が聞こえて、俺は瞼を開けて、良平さんを見る。
良平さんの手が尾から離れてくれたお陰で、楽に良平さんを視界に入れることができた。
そこには、呆然と色と爪の長さが変わった手を眺める良平さんがいた。
「吸血鬼……?」
その良平さんは、青白い肌に、少し色づいた唇、気だるげな眼差しは一日の半分以上は見られるが、すこし瞼が重たそうにみえる。
俺が想像したとおりの吸血鬼だった。
「なんや、良平。なんで姿かわっとるん?」
こういうとき、友人は役に立つが邪魔くさい。良平さんは俺のことよりも、多々その友人を優先するので、俺はいつも悔しい思いをさせられるからだ。けれど、嫌いではないので、邪険にするだけで済んでいる。
「吸血鬼っつったよな、青磁」
さすが、良平さんだ。
何かに気がついたようである。
駄犬というときより、有無を言わせない調子で俺の名前を呼んでくれた。
「……良平さんが吸血鬼だったらと、思っていました」
「クモよりはいいとは思う。なんだ、もしかして、薬じゃなくて、魔法、か?」
「思ったことが現実にある程度反映されると?」
叶丞だけではなく、一織まで話に入ってきた。こうなると、俺は話についていけない。
魔術の理論がどうのとか、法術の法則がなんとか、いっていることの半分も理解できないのだ。
最終的に、犯人は追求の魔法ということだけわかった。
魔法とは本当に魔法だなと思ったことだ。
良平さんや、一織、十織はそうもいかない。謎を解き明かさねば夜も寝ない勢いだ。
俺はなんにせよ、はやく良平さんと二人きりになれればそれで満足なのにと尻尾と耳を垂らすしかなかった。