『遭遇を思考する』


イケメン様はそう、とてつもないイケメンだ。
紳士といってもいい。
顔の方は、この学園では平均的なと言われる部類。
でも、マイペースなところがあるせいか、この学園にいる生徒の誰よりも落ち着いて見える。
人を慮ることができる人で、それが、鬱陶しいと思われない範囲で、調子で出来る。
しかも、あとで考えてみればというとても些細なもので、その場で礼をいうことすらないような…そういう気遣いが出来る人なのだ。
そのイケメン様は付属幼稚園からこの学園にいた。
俺と補佐の妹尾道哉(せのおみちや)は、昔から互いが好きだった。
道哉は俺のお隣に住んでいて、正直、俺と道哉は昔っからべったりで、将来結婚をするんだと約束までしていた。
互いの両親は、その頃二人して美少女にしか見えなかった俺たち二人の約束を可愛らしい程度でとらえていたようだ。
二人は毎日べったりで、つかず離れず。何処へいくにも一緒。
…迷子になるのも、もちろん一緒。
外に出向いた遠足が嬉しくて嬉しくて。
遠足で迷子になった俺たちは、それでも強気で、さらに迷子。
陽がくれてきた頃にさすがに、慌てだした。
どうしよう。どうしようと、二人して心細くなっていた頃に、イケメン様はやってきた。
おそらく、あのイケメン様のイケメンぶりは、ご両親の教育の賜物なのだろう。
この頃から、イケメンはイケメンだった。
「どうしてこんなところにいるの?かくれんぼしてるの?」
このときイケメン様は、違うクラスだった。
俺と道哉はちゅーりっぷで、イケメン様はたんぽぽだった。
たんぽぽ組はちゅーりっぷ組とは違って、問題児を集めているクラスだとはこのとき知らない俺の手を、イケメン様が引っ張って、笑った。
「あっちね、ちゅーりっぷさんたくさんいたよ?しゅうごうって、いってたから、たぶん、かくれんぼもおわっちゃったよ。いこう?たんぽぽはね、まだ、かくれんぼちゅうだからね」
たんぽぽ組は本当に問題児ばかりで、引率する先生だけでは収まらないから、問題児をなんとか出来る子供も必要だったわけで。
だから、たんぽぽの問題児の全員を軽く集合させることのできるイケメン様はたんぽぽ組の先生方にとって救いの神童だった。
なので、それをきいてちゅーりっぷ組の先生はイケメン様を借り出したらしい。
このときはまだ。
たんぽぽの年長さんだと思っていたのだから、反発なんてせずについていった。
心細かった俺と道哉は、あの人についていけて心底ほっとした。
ちゅーりっぷ組に無事戻れたあと、ほっとして、バスの中で、たんぽぽの人の話を先生に教えてもらった。
夢中で何度も何度も聞いた。
その結果、俺と道哉のヒーローはたんぽぽ組の『しんくん』になった。
毎日たんぽぽ組を尋ねたけど、『しんくん』…イケメン様はそこにはいなかった。
あまりに遭遇できなくて、ちょっとした淡い恋心みたいなものが、俺と道哉にはできていた。
そうして小学生になった頃、イケメン様はたんぽぽから持ち上がるようにして問題児クラスにいた。
俺たちはやっぱり会いにいきたかった。
けれど、その頃、俺と道哉の世界は二人ではなく、気がついたら、問題児クラスに堂々といけないような環境にいた。
二人で泣いた。
どうして俺たちは好きな人に好きなように会いにいけないんだろう?
意思は強いほうだったし、二人でいれば大概のことはなんでもできるような気がしていた。
俺はその頃かっこいい部類にはいっているけれど、目つきがわるいのが災いして、遠巻きにされることが多かった。
遠くで騒がれて、でも、多くの人が俺を見た。
騒がしいのが、嫌いになった。
道哉はその頃、かわいい部類で、人が道哉を離さなかった。道哉くんいないなら、いかないとか遊ばない。と我儘をいうやつも多く、道哉は大人しいほうだったから、大体そういうのを気にしてたくさんの人の中にいた。
だから、道哉は人が多いのが嫌いになった。
ふたりでいれば人は更に寄る。
道哉がいれば、俺だって怖くはないと人はよってきた。
何時の間にか、俺たちは、二人でいることがなくなった。
好きな人の隣にいることも、しなくなった。
意思が弱いほうではないはずなのに、どうして俺たちは、二人ではなくなったのだろう。
どうして俺たちは、ヒーローを探さなくなったのだろう。
そして、中学生になった。
俺は初めてイケメン様と同じクラスに、なった。
イケメン様は相変わらず、イケメン様だった。
問題児クラスの生徒達はすっかりばらけ、一部がごっそり不良クラスといわれるクラスに行った。
たまに、イケメン様は不良クラスに出向したりしているようだったが、たいがいクラスにいた。
クラス委員になってもいいくらいの人であったが、誰もが、彼をクラス委員にしたがらなかった。
イケメン様が、クラス委員になることを拒んだということもあったけれど、イケメン様はクラスのイケメン様であってほしかった。
そう、それだけの理由。
そのうちイケメン様は、学園のイケメン様になってしまったし、俺も生徒会長になってしまったのだが。
イケメン様は俺が騒がしいのがすきじゃないことをこのとき知ったらしい。
俺に対して騒ぐ連中はクラスにはいなかったし、俺を褒めるときは堂々と俺に直接言ってくれた。それをクラスのルールにしてくれたのはイケメン様であった。
その頃、俺から離れ、さらに、イケメン様のような存在が近くにいなかった道哉は荒れて、荒れて…。
結果として。俺はまた道哉の隣に行くことを選んだ。
その背中を押したのは、やっぱりイケメン様だった。
道哉も少しおちついて、クラス替えでクラスがイケメン様と同じになったとき、今の姿になった。何があったかは、いつかおしえてくれるらしい。
そして、今がある。
あの頃の俺は、イケメン様に対して…夏川蜃(なつかわしん)に対して、淡い初恋を恋に昇格し、そして道哉への想いも同時に深くして、一体どちらがすきなのか。
一体どちらをとるのか。と悩んだときもあった。
けれど、俺より考え方が柔らかいというか、変わった考えというか。そんな道哉がこういった。
「いち、好き。イケメン様、好き。両方、好き。いち、俺、好き。いち、イケメン様、好き。両方好き。二人で、好き、だめ?」
一人で二人を恋情で好きだなんて、欲張りだと道哉は笑いつつも、それはダメだと思わないと、道哉はいった。
そうか。と納得した俺は道哉と同じようにどうかしているのかもしれない。
しかし、俺と道哉はそれでいい。
ただ、夏川が、どうおもうか。だ。
どちらもすきにならないのならば、問題はない。むしろ、その確率が高い。
もし、俺より道哉だというのなら、俺は、道哉を嫌いになろう。そして、二人になればいい。
もし、俺だというのなら、俺は夏川を嫌いになろう。そして、元に戻る。
もしも。
もしも。
夏川が二人とも好きになってくれるのなら。
俺は、笑うことにしよう。
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