『たとえば誰か』


いつも一緒にいることが当たり前すぎた。
離れることなんて考えたこともなくて、一緒に不安になって、一緒に喜んで、一緒に人を好きになった。
それは絶対だと思っていたから。
二人の中に一人が入ってきても二人一緒にいることができると当たり前のように思っていた。
たぶん、俺よりも考え方がしっかりしていたイチが、最初に俺とは別のものとなった。
二人で全部が一緒だったのに、イチといない時間が増えるに従い、俺は俺で、イチはイチに。
ただ、一緒だった頃不思議に思わなかった感情だけが複雑に膨れ上がって、イチが俺ではない誰かと話しているのもいやになって、俺は、イチと一緒に見つけた想いすらどうでもいいと思うようになった。
イチは俺のじゃなければ嫌だった。
どうして二人でいられず、俺は一人でいなければならなくなったのか。
俺がいなくても、イチは笑っている。
俺はどうして、一人なのだろう?
毎日、思いこもうとしていた。
クラスが違うというだけ。まわりが取り囲んで二人でいるのが難しいだけ。イチが忙しくなっただけ。
思い込みは上手くいかず。
イチがいない毎日は、日々、何か死んでいくようで。
元から無口だった俺は、次第に話をしなくなった。
毎日イライラしていた。毎日八つ当たりをしていた。
ある日、ある奴と喧嘩をした。
殴り合ってそいつと俺が血まみれになる頃、誰かが呼ばれた。
「……」
呆気にとられた誰かは、俺とそいつを見比べて、困ったように笑ったあと、こういった。
「喧嘩両成敗」
瞬時に俺は誰かに押さえつけれ、そいつも、三人くらいで押さえつけられていた。
「痛くない?」
胸倉をつかまれて、壁に押さえつけられた俺は、ぼうっとしていた。
痛いかどうかなんて、よく解らない。
たぶん痛かった。けれど、そのときはよく解らなくて。
「重症っぽい…。キサァ」
「……、俺のせいじゃないし、もとからそういうかんじだし、そいつ」
キサというのは俺と喧嘩をしていたそいつ。
ばつ悪げに顔をそらしてしまったキサに、やれやれと溜息をついたあと、誰かは俺の胸倉から手を離した。
「んー…まぁ、噂でそれなりに聞いてるしなぁ…喧嘩だけはしっかりやっちゃってるし、ストレス?」
「シンくんが気にするようなことじゃないとおも」
「いや、だって、気になるし。喧嘩するのは殆ど、身内だし」
『しんくん』。
昔、イチとさがした。
俺とイチの好きな、大好きなヒーロー。
同じ名前だというだけかもしれない。
けれど、ふと、俺は思い出した。
そういう名前の人が、とても好きだった。
懐かしかったし、なんだか、優しくて、なんだか痛かった。
ズルズルとその場に座り込んだ俺は、俯いて肩を落とす。
何か、疲れた。
イライラするのも、イチがいないもの。
こんなところで懐かしい名前をきくのも。
疲れた。
『しんくん』は…イケメン様…夏川は、そういう気張ってるやつを甘やかすのが得意だったんだと思う。
俺の頭をくしゃくしゃと撫でたあと、軽く、二度、ポンポンと叩いてくれた。
思わず見上げた夏川は、苦笑していた。
「イライラしたら、呼んでくれる?たぶん、俺、強いよ?」
自分で言ってしまうのか。
と、思って、ちょっと笑ってしまった。
「なんだ、結構大丈夫そう。うん、やっぱ、カッコいいのは笑ってるのがいいよな」
なんて、夏川が言うものだから。
まわりにいた不良クラスの連中は、く、悔しくなんかねーんだからとかほざいていた。
夏川って罪作りなイケメンだなぁ…と今にして思う。
俺がそうやって、夏川に丸く治められて数日後、イチが俺の近くにやってきた。
俺はすごく泣いて、イチが好きだということを何度も言ったような気がする。
もうよくは覚えていない。そのときは、イチが俺より泣きそうな顔して、泣けないでいたから。
俺だけだと思っていた。
けど、イチも、俺がいないことを辛く思っていた。
俺たちは、いっしょだった。
ずっと一緒だった。
ただ、一つではなくて、二つ別々で、個として一緒だった。
俺は、イチが好きだった。
今でも好きで、大好きで。
同じように、夏川を、好きになった。
イライラして、連絡することは一度もなかったけれど。
同じクラスになって、夏川を見つけて、うれしかった。
やっぱり、ヒーローはヒーローで。俺を見かけて、よかったね。と笑ったイケメンは、憎らしかった。
イチと同じように、違うように。イチのように、そうではないように。
夏川がすきになった。
何でも単純な俺は、同じように、でも違うように、二人で好きになって、二人で好きになってもらえればいいと思った。
だって、俺と、イチが好きなのだ。
きっと、夏川も俺たちのことを二人一緒に、でも別に、好きになってくれる。
疑うことなく、信じれる。
なぁ、ちゃんと、夏川は、すきって言ってくれただろう?
イチ。



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