決まってしまったからには、嫌でもやることはやる。
ボスとやらになった俺の初仕事は、現生徒会長と風紀委員長の背中をそれとなく押してやることだった。
それとなく押すも何も時間の問題といった体であるのだが、どうもそれが他の連中にはもどかしいらしい。
下手に介入して、変にこじれても面倒だから、俺に一言、本当にちょっと一押ししてもらいたいようだ。
責任重大なわけだが、俺は、何の気負いもなく言い放つ。
「照れかネガティブか知らんが、はっきりしておけよ。そうじゃないと、俺が奪うぞ」
けしかけたのは付き合いも長い風紀委員長の悠司だった。
あの二人は何がどうして嫌いといっていたのが好きになったのかわからない。もしかしたら、嫌い嫌いも好きのうちというものかもしれない。
だが、俺がこんなことを言わなければならない日が来るとも、もちろん思わなかった。
「ハァ?」
「栄華のことだ。嵯峨寺栄華(さがじえいが)」
転校してきたときに名前の音が似ているという理由で仲良くなり、甘やかした現生徒会長の名前を繰り返すと、悠司は顔を青くした。
「何言って……」
「もう一度言うぞ。照れかネガティブか知らんが、はっきりしておかないと奪うぞ。俺が」
俺の可愛そうで仕方ない弟分への圧力のかけ方はよく知っている。その上、弟分の悠司も俺という人間をよく知っていた。俺がやるといえば、俺の気持ちや気分は関係ない。実行に起こすということを、そう、よく知っていた。
「何を」
「あくまでとぼけるつもりなら、俺もそのつもりで俺のものにするが、それでいいか」
俺は何の気もなく携帯を取り出す。可愛い弟分のもう一人の番号を呼び出すまでもない。空で押せる番号を指が途中までプッシュした。
「よくねぇ……!」
俺の右手から携帯を奪おうとしてきたので、俺は右手を悠司の手から逃しながら、番号を押しきる。
身を寄せ、逃れる俺の手から携帯を奪おうとしている悠司から手を逃しながら、悠司の腹に一発左拳を入れて身を逃す。そこで、ちょうど相手に繋がった携帯電話に向かって、横柄に一言。
「俺の部屋に今すぐ来い」
文句の一つや二つ零しながらも、嬉しそうにやってくるもう一人の弟分を思って、心の中で合掌したあと通話を切る。
「さて、お膳立てはした」
悠司は俺の近くに座り込んで顔を覆っていた。
「慶賀、本っ当……お前……」
言いたいことが口から出て行かないのか、まとまらないのかは定かではない。
「放っておいてやるのが親切ってやつだとは思うんだが、他の連中がうるせぇんだよ」
「……無視すりゃいいだろが、いっつもしてんだろ」
「してるが、生徒会長のときと同じだ。押し切られた」
いやに悔しそうに床を叩く悠司を見下ろした後、この部屋を出るべく準備を始めた。
この部屋は書記との相部屋なのだが、今日は引きこもりも気を利かせて不在である。
「本気の本気で受け付けねぇ時は、何でもするくせに」
「そこまで嫌がる体力を使うほどの案件じゃない。ほら、好きなら好きって玉砕しとけ」
とうとう唸り始めた悠司を放って、革ジャンをひっかけて、ドアノブに手をかける。
「そうそう、引きこもり野郎は今日、デートで帰ってこねぇし、俺も友人で遊んでくるから帰るつもりはない。俺の寝室は向かって左。好きに使え」
見送りの代わりに、うるせぇ!という声が聞こえた。
その翌日、悠司はうまくやったらしい。生徒会長の姿はその日見なかったどころか、悠司の姿も見なかった。
うまくやりすぎて、更に翌日も見なかったのには、俺も失敗したと思う。