風紀委員会というと、学校の風紀を取り締まり、風紀を正すことが目的とされる。
しかし、学園の風紀は生徒会の特殊な選出方法と同じくらい特殊だった。
だから、まず俺は風紀委員会の名前を変えた。
学園内風紀監査・取締委員会。まぁ、風紀委員会なわけだが。学園内というのにポイントがある。
そうでなければ、誰がこの真面目に見えない男を風紀委員長などといったものか。
赤い茶色に染めた髪は茶色というには程遠く朱色に近い。耳には所狭しとピアスが並ぶ。
生徒会の元生徒会長の俺がその仕事ぶりからマシーン会長ならば、風紀委員会の風紀委員長はクレイジー委員長である。
しかし、風紀委員長は非常にかわいそうな人だった。
「よぉ」
書記に呼び出されてやってきた風紀委員長は俺を見るなり手をあげて挨拶した。
そう、結局、書記は風紀委員長を呼び出したのだ。
「おう」
俺も手をあげて返事をした。
相変わらずの怠そうな態度に、かわいそうだなぁと思った。
何故なら俺と同じように頼み込まれ風紀委員長になった男だからだ。
かわいそうなのはそれだけではない。
委員長だから、ピアスいこうよピアス!と風紀委員会の先輩方にピアスをあけられ、髪も色かえようよ!と赤くにされ。
そこで吹っ切れたのかぶち切ったのかは知らないが、自ら耳にピアスホールをあけるだけあけ、ピアスをあけてくれた先輩を『そんなにやるだなんて』と恐がらせ、髪なんてひどく痛め付け何度も色をかえ、『も、もういいから…!』と言わせた。
なんでもいきすぎている委員長の行動は、クレイジーと言われた。
過度な期待と、過度な強制が大嫌いな委員長は目には目を、歯には歯をもってくるのだ。
残念だなぁと思うと同時にそのかわいそうなベクトルの向き方にいつも目頭が熱くなる思いである。
「なぁ、広井」
「あー?」
昔はこんな怠そうな話し方もしなかった。もう、もういいんだよ…と先輩方が泣くくらい口汚くなったのも、委員長の性格故だ。
「会長とイチャッイチャのラブッラブになってみないか」
書記のそんな言葉に眉間に皺を寄せ、ヤンキーみたいな顔するのは……あぁ、これは昔からだった。
とにかく一年程でガラッと変わった委員長は、俺を見ると少し困った顔をする。
理由はわかっている。
「ねぇわ。ありえねぇ。こいつとなんざ、地球上に分子単位で存在できなくなってもねぇわ」
全否定なのも理由がある。
「またまた。嫌いじゃないんだろ」
「嫌いじゃねぇからいってんだろうが、かわいそうだろ」
そう、俺と同様に、相手のことをかわいそうだと思っているからだ。
しかも、そのかわいそうの理由たるや、あまりのことでそれすらかわいそうである。
「…俺が好きってだけでかわいそうだっつうの」
愛すべき委員長である。
会長として初顔合わせだったと思うのだが、委員長は俺の顔を見て、焦っていた。
なんでも、先輩方には生徒会と仲いいだなんて、風紀の名折れとまでいわれていたらしい。
けれど、顔をあわせてみれば生徒会長はあんなに会長になることを嫌がった俺だ。しかもそれは、包み隠さず態度にだし、全校生徒の前で堂々と一度辞退までした。
クラスは一緒になったことはなかったが、委員長は俺を知っていたし、俺も委員長を知っていた。
有名人であるし、それより何より。
「慶賀(けいが)も、嫌じゃねぇ?」
「いや、別に悠司(ゆうじ)がいいなら」
かわいそうだなぁ。と心底思う。こんな俺が好きなことも、俺に好かれていることも、俺と親戚関係にあることも。
委員長は母の兄の三男だったはずだ。母と叔父は仲が良く、よく一緒に遊んだ。
「慶賀、書記は性的に、恋愛的にやれっつってんじゃねぇんじゃねぇの?」
「ちげぇ。そこまで強制しねぇよ。なんっつうか、何時も通りしとけってことだ」
「…………、慶賀ッ」
委員長の面を投げ捨てた悠司はすごい。
昔から、そう昔から、悠司は俺に懐いていた。
俺の家より悠司の家の方が期待されることも強制されることも多かった。
俺の家にくるたび疲れた様子であるため、俺はこれ以上となく悠司を甘やかした。その結果がこれである。
「これは余計な世話だと思うか」
「余計な世話だろ。悠司がかわいそうだ」
べったりとひっついて離れない悠司はまさに手のかかる弟だ。残念ながら悠司は同じ年なので、弟とは言いきれないが。
「なぁ、慶賀」
今日も何かとお疲れな委員長は、俺にひっついたまま呟く。
「生徒会長に戻りたくねぇだろうけど、もどってくんねぇかなぁ」
一日二日、生徒会長から退いただけであるのに、早速いわれた言葉に俺はため息を吐く。
「新生徒会なんかあったか?」
新生徒会。
生徒会長は転入生、あとは変わらぬそれに、悠司が鼻で笑う。
「あっただと?ねぇよ。まったくねぇが、俺がきらいだ。副会長の家はあの転入生の家に従属してるっつう話で、逆らえないとかでおっとなしいしよ」
「そりゃまた難儀だな」