「よぉ、この前は、サンキュー」
電車を乗り継いで一時間半。
にやりと笑うそいつを見て、こいつはやられたな。と思った。
会計に言われてやってきた待ち合わせ場所にいたそいつは、人の手を足で踏みにじっていた。痛そうだが、手加減はしているのだろう。折れたりはしていない。…と思う。
「いや、アレから無事帰れたか?」
尋ねた俺に、そいつは頷いた。
「問題はバイクのキーだけだったんでな」
「そうか。…ところで、そろそろやめてやらないのか?」
見ているこっちが痛いのだが。と、進言すると、そいつは何かに気がついたような顔をしたあと足をのけた。
手を踏みにじられていた奴が、手を持ってべそべそ泣いているのはこの際だ。俺の幸せのために視界にいれないで置こう。
「先日は、本当に助かった。あのキーがなければ、俺は帰ることができないんでな」
着崩した制服は栄聖学園(えいせいがくえん)のものだ。
栄聖といえば全国模試で名を連ねる学校で、此処のあたりではおそらく有名な私立高校だ。
なぜ、推測か、というと、俺はこのあたりの人間ではないからだ。
というか、会計はわざわざ山から下りた挙句、こんなところでヤンキーしてるのかと思ったら、非常に虚しくなる。
面倒すぎないか?
「…栄聖ってことは、この辺に住んでるんだよな?」
「そうだな。あんたにナシつけてくれたノリも、ここが地元だ」
地元でやってんのなら、余計面倒じゃねぇのか。とかはあえて聞かず溜息をつく。
「いや、あんたの気持ちは察することができるが。あいつも、高校にいくまでこっちだったからなぁ…しかたねぇよ」
高校にあがってからはやめようとしたけど、ひっこみつかなくてなぁ。と笑ったそいつは、会計が言うとおり男前だった。銀髪の男前。なるほど。
「あんた、俺を紹介しろってあいつにいったか?」
「いってねぇけど…直接礼がいいてぇから、会いたいとは言った」
恐ろしくストレートなのに、それを会計が曲げたようだ。よくあることなので、眉間に皺を寄せるだけにしておいた。
「まぁ、あいつのことだ。強制したんだろうが。あんたに会いたかったのは事実だ。悪いな」
きっとそうするだろうと思って頼んだのだろう。
なんともいい男で、悪い男である。
しかし、少し考えてみれば、この男は待ち合わせ場所でいきなり人の手を踏みにじったりしていたのだ。悪い男であるのは違いない。
「で、俺の用件は済んじまったわけだが。わざわざ来てもらったんだ。デートでもするか?」
「野郎とか?」
「俺じゃご不満か?」
「理想は高いんでな。あんたじゃ、不要なものがついてくる」
「何が?」
「主に、下に」
まぁ、女がいいってだけの話だが。
そいつは楽しそうに笑った。
「確かに、俺もデートするなら余分なものがなくて胸がある方がいい」
「ありすぎるより、形が良くて程々がいい、俺は」
「なるほど。だが、顔を埋めるほどあるとそれはそれで楽しいぞ」
それは同意できてしまう。
俺はゆっくりと頷く。
意外と気が合う。こいつとは仲良くなれそうな気がする。