さいってぇだな?


「植田くんなんて、だいっきらいだぁ!」
なんて言いつつ、走っていく天然。鈍足。正直追い付けるだろ、京一。
とろとろ走りながら初デートを思い返す。
京一は中学生ながら大変おモテになるルックスで、待ち合わせ場所に遅れることなくはやめにきた俺にむかってやってくるのにナンパされること二、三回。
漸くたどり着いた京一に、不機嫌な様子で対応し、遊園地に入るなりご機嫌になるという単純さを見せて、俺ははしゃぎ回るふりをする。
遊園地などいつ以来だろうか。
順路にそってだとか、普通はデートの締めだろうとか関係なくまず最初に観覧車にのった。
付き合いたて、初デートで観覧車。最悪だろう。
楽しい思い出もまだ作っていなければ、二人きりの密室空間でやることなんか景色を眺めるだけしかない。
そんな場所で、付き合いたてのカップルが何を話すというのだ。
しかし、天然を演じていてかつ、本気でもないのだ、的外れで意味のわからないことを言っておけばいい。俺は一方的に今日の天気、予定、お昼のご飯から、最近はまっていることにしているドラマについて語った。
俺のワンマンライブに京一はうんざりしたようで、観覧車から降りる頃にはすでにお疲れ様だった。
次に絶叫系、そのまた次は絶叫系。絶叫系マシーンハシゴで疲労が濃くなる京一に、内心してやったりなのだが、表には出さずに心配げな顔をしてやる。
お昼にしようかと、遅めのランチと決め込もうとしたところで、京一は再びナンパをされた。お疲れな京一はうまく立ち回ることができず、モタモタしている間に俺に見つかる。
そして俺はとろとろ走りだしたわけだ。
適当に人込みを分けて走っていると、俺はある人物を見つけた。
ご近所の親切な河上さんちの朔也くんだ。
「雄成くん何してんの?」
「朔也くんこそ、何してるの?」
足を止め首を傾げると朔也は軽くこういった。
「デートデート!どう?羨ましくない?」
「あー…お友達と遊びに来たの?」
彼女ではないなと、にこっと笑って決定づける。朔也が何か悔しそうに地団駄した。
こういう反応がおもしろくて仕方ない俺は、京一を放置してきたにも関わらず続ける。
「俺はねー、デートだよ」
「ばっか、一人じゃん」
「だって、ナンパされてるのにまんざらじゃないんだもん…悲しくなっちゃって」
本気でデートなのだと気が付いた時点で朔也は悔しそうにジタバタしていたが、ふと、他の何かに気が付いたようだ。
「だったらダメじゃん!女の子1人、危ないし!早く戻れよ、いくらナンパされてたって…むしろナンパされるくらいなんだから、彼氏いないと危ないじゃん!」
朔也のこういうところがまっとうなのだ。
「あ、そう…だね…」
俺の相手が男とも知らないで。いや、俺の相手が男と知っていたとしても、大事にしろというのだろう。
俺は不安そうな顔を作ったあと、ごめん戻ると、元きた道をとろとろ走る。
朔也は俺に手を振ってくれた。
元きた道の半ばほどの場所に京一はいた。
一応追い掛けてくれたのだろう。
「う、植田くんごめん、ね…」
眼鏡の下で嘘泣きまでしてみたのだが、京一は俺をじっと見つめるだけだ。
「植田、くん…?」
「あんたは……どうしたいんだ?」
俺にドン引きするだけではなく、観察もしてくれていたらしい。
京一は眉間に皺を寄せ、心底欝陶しそうに俺を見る。
むしろ、俺がおまえを蔑みたいくらいだが、俺は京一の顔に泣きじゃくらなければならない。
最低な初デート。
もちろん、俺は京一で遊ぶためにここまでやったのだから当然のことだった。
京一のどうしたいに、泣きじゃくる意味はまったくない。
俺は京一で遊んで、退屈でスリルの少ない日常に、ちょっとスパイスを取り入れただけ。
今、京一が面倒で欝陶しい天然を捨てるのもいいし、捨てるのなら被った猫を脱いで、お兄ちゃんだよと笑ってやればいい。
「植田、くん…とっ、い、一緒…にっいたい、だけ…だよッ」
つっかえながらいうって面倒臭い。
京一はため息をついて、恐らく俺を見てしばらく悩んだのだろう。
しばらく何の反応も見られなかった。
「かえる」
手を取られて、呆気に取られたふりをする。
なんだごっこ遊び継続か。
内心舌打ちをしながら俺は京一を見た。京一は不機嫌そのものだった。
同じ電車の中、帰り道、離されることがなかった手とは相反して、不機嫌さはだんだんと募っていくようだった。
最低のオニイチャンはいつ告白するとタイミングいいんだろうナァと、顔は不安げなまま、内心で笑った。根性悪なのはいまに始まったことではない。
たどり着いた近所の駅、俺は気まずそうに京一を見る。
「あ、の…あのね…」
京一は手を離して俺を待ってくれた。
それでも待つのか、律儀だなぁと思いながら俺も続ける。
「植田くん、今日はなんか、ごめんね」
思ってもいないことをいう。
「……」
京一は険しい顔をして悩んでいた。何を悩んでいるのか、俺は期待しながら待っていた。
今度こそ嫌悪丸出しで鬱陶しいとか別れようとか言うだろうか。
「あんたさ…いつまで嘘つくんだ?」
出会ってからずっと、天然のうざい人間を演じてきた。それは、確かに嘘だ。
それを嘘だと思われていないという確証があったわけではないが、嘘だといわれたらとぼけるつもりだった。だから、口を開こうとして続けられた言葉に、一瞬どうすべきか悩んでしまった。
「あんた、俺と会ってすぐくらいに頃に喧嘩したろ?」
あれが見られていたのか…。とぼけづらいものを見られたものだ。
俺はなんとか首を横に振る。
「そんな、そんなわけ…ないよ…喧嘩とか、痛いでしょ」
痛いし、怠いし、警察にばれてもやばいし。いいことのない暴力の振るい合い。
けれど、振るっている間、楽しいと思ってしまう俺がいるからこそ、そういう喧嘩をしている。
鼻歌歌ったり、笑ったり。酷い有様で、今の俺しか知らない奴はまさかそんなわけと思うだろう。
イコールに結ぶことができないだろう。
だから俺は図々しくとぼけられる。
「最初の時も、なんか違うしゃべり方しただろ」
「…意味わかんないよ」
前もそれを聞かれた。
最初から俺のいうことを、京一は信じていないのだ。 なるほどおもしろい。
「それ…前にも気のせいだって…僕のこと、信じてくれてなかったの?」
怪しいばかりで信じるもなにも、白々しい。
俺はショックだという表情を浮かべる。
もし、京一が白々しい嘘を信じていたのなら、俺は笑っただろう。
小指の先程も好きになれないまま、つまらなくなって簡単にオニイチャンですよと終わりにしたはずだ。
「信じらんねぇよ」
すでに別れ際の修羅場みたいになっているこの場で、俺はそれにふさわしく悲劇の主人公ぶってやるのだ。
「なんで…っ」
「あんた性格悪いだろ」
ばれてる。内心ほくそ笑む。けど、俺は本日何度目かの泣き真似をする。
「ひどいっなんでそんなこと、言うの…!」
「いい加減、俺もよくわかんねぇというか、イライラするし。なぁ、あんた何したら本当のこと言う?すげぇ面倒」
京一はすごく不機嫌で、イライラしていて、疲れていた。
俺はそれとは逆に楽しくて仕方なくて、調子にのっていた。
だから急に気分が落ちるようなことを京一に言われたのだ。
「あの遊園地で会った奴でも殴ればあんたは素、だしてくれるのか?」




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