河上朔也は、引っ越してすぐにできた友人だ。
久しくヤンキー以外の人間と友人関係を結んでいなかった俺には新鮮で、馬鹿で真面目でびびりで、やっぱり馬鹿なお気に入りの友人。
ちょっとした馬鹿っぽい遊びも楽しく付き合ってくれる、至って普通な友人。
そういう普通で馬鹿で素直なところが気に入っている。
ヤンキーに縁もなければ、近寄りもしない、そういう生活送ってる朔也。
京一が外の人間ならば、朔也は内の人間だ。
京一に殴られるとかそんなことをされる前に、俺はこの程度のスリルは手放す。
「……残念」
泣き真似を止めて顔を上げた俺は、眼鏡をゆっくり外す。
俺の気は長くない。
しかも、外の人間に内の人間をどうこうされることを好まない。
一気に距離をつめ、京一の胸倉を掴むと俺のほうに引っ張る。
「京一くん、恭子さん元気?」
口角をじわりと上げながら尋ねた俺に、京一はなんと答えていいか一瞬悩んだ。そのあと、俺が恭子さん…京一の母親のなまえを知っているということに驚く。
「京一クン。俺の父親、成久(なりひさ)っていうんだけど…この意味解る?」
京一と同じ父親。しかし、名前だけならもしかしたら同名ということもあるかもしれない。俺は更に続ける。
「簡単に言うとなぁ…俺、本妻の子なん。…お兄ちゃんデスヨー。初めまして、京一クン」
わざとらしくイントネーションを戻して告げれば、見開かれる京一の目。
ああ、可哀想に。と、他人ごとの俺。
胸倉から手を離して満足げに笑おうとした。
だが、ここで予定外のことが起きた。
京一はあくまで俺の弟で、俺と同じ父の血を引いていた。
離れていく俺の手を掴むと、京一は俺を引っ張り、その勢いで俺と唇を合わせる。
弟との二度目のキスである。
今度は遠慮する必要はない。
舌に噛み付いてやるのも、唇を噛んでやるのもよかったのだが、お前程度と鼻で笑ってやりたかった俺は、咥内に侵入してきた舌を拒否せず、迎え入れる。
舐めたり噛んだり、絡めたり、息をつかせぬように逃げられぬように。
長い時間キスをしていたように思うし、そうでない気もする。
逃げたのは、俺にキスをしてきた京一だった。
真っ赤な顔をして唇を手の甲で抑え、息を荒げる。
全力疾走したみたいになっていて、思わず、声を出して笑ってしまった俺は悪くない。悪いのは、性格だけだ。
「なんか仕返しかなんか?」
尋ねてやると、京一が赤い顔のまま、目を潤ませた。
「俺は……ッ、だって…兄…ッ」
言葉にならないらしい。弟だけど、あくまで他人でしかない京一。
だけど、俄然興味がわいてきた。
兄だと知って、本妻の子だと知って、この反応だ。
普通なら、あれほど嫌なことをされて、しかもそれが演技だったとなれば怒ってしかるべきだ。
もっと恨みに思うべきところだ。
それなのにどうだ?
驚きはしたものの、急にキスしてくるし、真っ赤になって目をうるませるし。
コレは、かんぺきに、色んな意味でオーケーサインだ。
「何、お前、俺が好きなん?」
とんでもない高慢な言葉をはいた気がする。しかし、間違いではない気もする。
「知らねぇよ…!」
ついには顔を片手で被ってしゃがみこんでしまった。
混乱しているのか、図星なのか。
どちらでもいい。
面白いと思う俺がいる。
解っている。俺は性格が悪いのだ。
「ちゃんと好きっていえるんやったら、付きおうたるよ?どないする?」
京一は赤い顔をゆっくりと俺に向け、困ったような顔をした。
初めて、弟が可愛いと思った瞬間だった。