その日の俺はご機嫌で。
ワンワン二匹の喧嘩の腕を上げるために一通り相手したあと、ポケットに眼鏡をしまって、鼻歌を歌う。
「ユウさん、いっつも鼻歌のアーティスト決まってますよね」
「あー…仕方ない。好きなんだから」
里村と辺と話すとき、俺は極力方言を使わない。普段から使っていると、いざというときに出てしまうからだ。
「しかし、まぁ…今日はご機嫌っすね」
「おう。ギリの弟が礼儀正しい好青年でさぁ。そのくせ不良でボロクソになって地面ころがってんの」
「…ギリ?」
「あ、いってなかった?俺、腹違いの弟がいるんだわ」
「え、もしかして、ユウさんが一人暮らしなのって…」
「や、それは、親父の甘やかし。お袋もまぁ…『瘤がおらんなって、せいせいするわ。お父さんと久しぶりに新婚気分やわぁ』って、いってたな」
つよがりとわかっていても、酷いことを言われたもんだ。
実の息子に向かって、瘤か。
「ええ…それはその」
「ああ、お袋は実のお母様。弟のほうが…一応、愛人の子になるのかな」
京一のお袋っていうのは変わっている。
そして、俺のお袋も変わっている。
親父はなんだかストレスで逃げたような形で浮気した挙句のクリティカルだったわけだが。
「まぁ、家庭の事情はそんなたいしたことじゃない。とにかく、弟が面白かったんで、上機嫌なわけよ」
それ以上でも、以下でもない。
俺は、二人に背を向けて、帰路につく。
「上機嫌だと、気持ちって高揚するから、ちょっと困るんやけど、ねぇ?」
最後のほうがなまってしまったのは仕方ない。本当に上機嫌だったのだ。
気持ちが高揚して仕方ない。
だから、喧嘩の相手をした。
でも、なじみじゃ足りない。
やったら、この辺で噂にならん程度。
楽しんでこようやない。
そして、その日。
何か、現役時代にもつかなかった名前が俺についた。
正直サブイボがおさまらんわ、ボケが。
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