まじない
男がテーブルの上に置かれた紙ナプキンで人の形を作りながら口を開く。
「昔々、あるところに、神様に連なる王の子、王子様がいらっしゃいました」
頭、手、足とつくりあげ、テーブルの上に立たせたあとも、男は続ける。
「何でもできて、男らしく、誰もが崇める王子様。けれど王子様はある日恋をしました。大恋愛です。さぁ大変! 身分差に、種族の違い。生きる世界すら違う! 周りは猛反対です」
男は掌でテーブルを叩いた。
それはとても柔らかな動作で音もしないほどだったが、確かな意図を持っていた。男の掌は、紙の人形を潰していた。
「王子様は仕方がないと恋人に別れをつげ、国王となりました。別れを告げられた恋人は国を恨み続け、末永く王国は呪われることとなりました。めでたしめでたし」
俺は、水を一口飲んで、先を促す。
「で」
「でって。これで終わり。それがこの国の始まり。この国が魔法大国になって、国民の肌が褐色になって、朝も昼も来ないからって魔法でなんでもつくっちゃった結果、闇の国とか周りの国に呼ばれちゃってるって話」
褐色の肌、とがった耳は、かの王子が愛した人の種族が持った特徴だった。呪いは国に住むものすべてをその人と同じ特徴にすることでマーキングを行ったのだ。
国民の薄い色の髪や、目は、呪いの最たるもので、彼らを国から出ても本物の太陽から遠ざけた。
「その国の始まりと、俺がこの国の王子に襲われる理由とが、まったく、本当にまったく結びつかないんだが」
男は、腹の立つ顔で笑ってくれた。
「王子様が諦めたから、こういうことになったってのを教訓に、国民は皆、恋に積極的でしてね。両想いなら、くっつくべき。もし、くっつけないのなら、もやもやさせないで、ちゃんと両者なっとくしようね! ってやつで」
俺は舌打ちした。
闇の国と呼ばれるこの国来たのは、昨日の昼だ。
俺の国の法に従い追ってきた盗人を探すために入った国は遠くから見ると黒い繭のようなものに包まれており、中に入ると、子供のおもちゃ箱のような色彩だった。
中はこうなっていたのかと感心しながら、盗人を探して路地裏を歩いていると、こちらをいやに睨んでいる男が急に近寄ってきて、俺の胸倉を掴み、言ったのだ。
「お前を全部くれ」
なんのことかわからないまま、俺はその男に建物の壁に押し付けられ、あっという間に唇を奪われた。
呆然としていた俺は、男の手が俺の足を撫でた辺りで漸く、これはまずいと右拳を男の腹にめり込ませた。男の手がはずれ、少し距離がでるた。
少し距離ができても、混乱しか俺の中にはなく、身の危険だけに反応した身体が、さらに膝を叩きいれようとした。
しかし、男は強かった。
俺の足を手で押さえると、俺を睨みつけたまま、さらに言った。
「お前が欲しい」
「ハァ?」
早く盗人を捕まえなければならないのに、何故俺はこんなところで変質者に捕まっているのだろう。路地裏を歩いていたのが良くなかったのだろうか、いや、堂々と大通りを歩く追われている人間というのもあまり聞かないので悪いわけでもない。
俺は考えた。
考えに考えたが、どうも混乱していた。
「盗人を捕まえてきたら、考える」
「解った」
解ったというや否や、男は走り出した。
俺の追っている盗人がどういう特徴を持っていて、何を盗んだかということも聞かないで、そう、走り出した。
すぐにみつかることなんてないだろう。
そう思い、俺は男とは逆の方向に走り出した。
騙したような気分になったが、俺も自分自身が大事だ。そう思って大通りに出て気がつく。
俺のような肌の色、髪の色である人間は一人とてこの街に居なかったのだ。
盗人は俺と同じ種族で、褐色の肌でなければ、耳もとがっておらず、俺にとって不幸なことに、髪色も黒と、濃い。
大変目立つだろう。
男はこの辺りではみない人間を捕まえさえすればいいわけだ。
俺は自分自身の不幸を嘆いた。
だが、盗人とて、この国を見たのならすぐに、この辺りの人間がどういった姿をしているか解る。
目立ちたくないのなら、変装くらいするだろう。
うまく隠れてくれるかもしれない。
そうして、ちょっとだけ自分自身を慰め、結局、盗人を見つけられないままの翌日を迎えた。
そして、俺は、王子の使いで貴方を迎えにきましたといった男と、食堂で話をしていた。
そう、俺を襲った男は王子様だったのだ。
「そんなわけですから、大人しく、王子のものになってください」
「嫌だ」
「そういわず。盗人は城の地下牢に閉じ込めたので」
「それでも嫌だ」
王子の使いは、爽やかに笑いながら、潰した紙の形を整えた。
「困った困ったこのままでは俺の首が危ない王子短気だから俺このままじゃ家族をのこして重労働しいられちゃう」
その使いが言うことが本当なら、それは大変だなとは思うものの、俺にとっては赤の他人だ。
俺は、数度頷き繰り返す。
「それは大変だな。でも嫌だ」
「……鬼のような人だ」
「あんた、言うこといちいち演技くさい上に、さっきあったばっかりだし、首が危ないといいながら、重労働強いられるって」
「王子の想い人は賢い人だー」
今度は褒める作戦にでたらしい。
俺は、やれやれと首を左右に振った後、立ち上がる。
「ここの王子様は執念深そうだから、さっさとはっきりさせるためにも会いには行く。盗人も受け取らないことには俺も帰れない」
「あ、よかった! 会ってはくれるんだ!」
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