空席4
『オマエはどうしてここにいる?』
あの庭の木は木蓮だっただろうか。
広くて古い平屋の、丁寧に手入れがされた縁側に腰掛けて見上げていた白い花。
地面につかない足をブラブラさせて、大人たちが何かを話しているのをただそこで待っていた。
聞こえもしない、見えもしない、気づきもしない。
それが解っていて声を掛けていたのだろう。
それは、答えもせず、見もしなければ、気づくことなんてない俺を、ただ眺めていた。
何日も、何度も、飽きもせず。
映ることのない風景の中、ただ俺を眺めていた。
最初は、その白い花を気に入った俺を。
次第に化け物共に好かれる俺を。
それはただ、眺めていた。
眺めているだけで、気持ちに変化があるものなのだろう。それにとっては一瞬というほどの短い間。
俺を守ろうとする奴と俺を食おうとする奴らが拮抗して、俺を囲おうとする連中から守りきれず、伸びる手を払ったのはソレだ。
それは、なにものからも好かれていなかったし、同種の化け物共のことをなんとも思っていなかったけれど、人間だけは好きだった。
そして、俺を眺め続けた時間は短いようで長くて、思わず伸ばした手に苦笑するしかなかったようだ。
結局、それは俺に手を伸ばし続ける。
それは、俺に手を伸ばすたびに思う。最後にしよう。これで最後にしよう。
一度も俺に触れることのないその手は、それでも俺を守るには十分な距離で、伸ばされる。
なぜ、俺を助けるのか。なぜ、俺が好きなのか。
そんなことはどうでもいいと伸ばされる手が夢に重なる。
「有無も言わさず、あんたのモノにすればいいもんを」
それの特性を思えば、そうすれば俺など、すぐさま虫の息だっただろう。
けれど、そうすれば、俺は夢にうなされることも、こうしてソレを追うことも、なかった。
辛い。疲れる。もうやめたい。
何度も思うのだ。
そう、何度も思う。
「……」
保健室の、やけにノリのきいたシーツの中、俺は目が覚める。
「お目覚め?」
「…」
「もしかして、まだ情報処理中?」
「…あの化け物」
「うん?」
「ばっかじゃねぇの」
「うん。たぶん」
「つうか、あれか。あいつが、あの化け物か?おい、あいつ殴らせろ」
俺の目覚めを待っていたリツが、俺の言葉に、大笑いした。
「あ、あは…ッ、もー…これだから、シギってば…!」
俺は目から取り込んだ情報を整理するため、アレ以上仕入れないようにシャットダウン…寝た。
寝ている間に情報を整理するのだから、夢はその断片をうつす。
その夢をみたことを覚えているかどうかは、また別の話だが、はっきりと俺は覚えている。
「まったく、面倒くさいんだよ。好きなら好きで俺に従って、罵られても嫌われてもそばから離れなきゃいいもんを…」
「えーでも、近くにはいたよ」
「もっと、わかりやすく。こそこそしてんじゃねぇよ。ああもう、腹が立つな、あの野郎」
「いやもーめちゃくちゃだね。好きだけどね、そういうの」
だが、もしそれが俺の気を引くためにやった行動だというのなら、大成功だというしかない。
俺は、気が付けばあの化け物に会いたいばっかりに、こんな学園で転校生に無理言ったり、部隊作ったりしてしまったのだから。
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