ちょいちょいっと退治というのは、たぶん時がくればしなければならないことなのだろうが、封印や結界の修復なんかは早め早めにやっておかなければならないことだ。
俺は異界と繋がった食堂を、生徒もいない丑三つ時に調べた。
生徒はいなくても幽霊どもは闊歩する丑三つ時。俺はこの場所に長くいそうな幽霊に尋ねる。
「この辺、結界とかの綻びない?」
長そうな奴は制服を着ていた。この学園の制服だった。
そいつは軽く首を振る。
『あったら、俺はここにはいないね』
「それもそうか」
幽霊は異界に引き込まれる。どんなにその土地に、場所にしがみついていようと、異界にさらわれる。
器をもたない彼らの存在は希薄だ。見える人間が特殊な眼鏡を持っているというだけで、本来は見えないほどの存在であり、また、現世を生きているわけではないのだ。
死んだからには、生きている人間の世界に関わっていくことはできず、また見えないということの差異を感じなければならない。
幽霊が魂なのか、それとも精神体であるのかはわからないが、確たるものではないのは確かで、器があったときよりダイレクトに精神に攻撃がなされる。
狂いが生じるのも当然のことだ。
何かに守られることのない彼らは、強い力を持つものにひっぱられる。
それが人間の強い意志であったり、感情であったり、欲望であったりもする。
そうでなくても普通にしていれば、あの世といわれる世界にひっぱられる彼らは、それと異なっていても、この世にいた彼らにとってどちらも異界だ。同じようにひっぱられてしまうのだ。
異界がどのような世界かはわかりがたいが、元々が人間であり、身体を持たない曖昧な存在をそのままにしていられる世界ではないのは確かだ。
異界の住人は…どうみたって化け物なのだから。
そんなわけだから、異界につながっている綻びなんかがある場所には霊がいないし、近づきたがりもしない。何か特殊な法をもちいて守られていないかぎり、そこに存在することが難しいからだ。
『綻びをさがしてるのかい?』
「見つけなきゃならないんだ」
『へぇそうなの』
「協力してくれたりする?」
自我がはっきりしているその幽霊はおそらく、すごい力を持っている。
この学園の制服を着ていることから、生前はこの学園の生徒だったと推測できた。
この学園の生徒だったなら、なにかしらの能力があっただろうし、強かったと思っていい。
ここはそういう学園だ。
そういった特異な能力を持つものはたいてい強い力を持つ幽霊になれる。
そして、この幽霊も例外ではなかった。
『どうしようかなァ。僕、君みたいな子、好きじゃなかったんだよねぇ』
「教えてくれないならそれはそれでいいから」
幽霊は俺の頭上をくるくる回ったあと、ふわりと降りてくる。
『でも、今は嫌いじゃない。今ならわかるしね』
いったい何がわかるかは知らないが、彼は両足を床に付けて笑った。
幽霊には足がないというが、そうでもない。
歩くより、走るより、飛んだほうが移動が早い彼らは生前の姿を克明に覚えている間は、そっくりそのまま二本の足を持ち、歩いていたりする。
姿を忘れはじめると、次第に使わないものから形を失う。
そうして足は失われていくというわけだ。
「じゃあ、教えてもらえるかな」
『そうだね。ここの綻びはね、移動してる』
「……移動?」
結界の綻びは布の綻びに似ている。ほどけたり、広がったりすることはあっても移動はしない。
『ていうか、綻びっていうより、空間を歪めてきてるっていうのかなぁ…うーん……どこでも出入口にできる力を持ってるというか』
俺は首を傾げる。
力を持っているということ、移動しているということ、つまりは化け物などが故意に空間を歪めているということになる。
『綻び自体はね、ある人が塞いでしまったからもうないんだけど、しつこい輩がいるんだよ』
もしかしてちょいちょいっと退治ってこれだろうか。
結界修復は確かに何度も歪められちゃしなけりゃならないだろう。
綻んでなくても、結界がガタガタになっているはずなのだ。
だが、修復するにしても、もとを正さなければどうにもならない。
そのもとをちょいちょいっと退治して、修復したら俺の仕事は終わり、ということなんだろう。
空間を歪めることができるほどの化け物なんて、俺にはとてもじゃないが退治できる気がしない。
師匠は兄弟子がここにいるといっていたし、協力を仰ぐために俺はまず兄弟子を探すべきなんだろう。
顔も知らないのにつらい話だ。