兄弟子の名前を知って、るんたるんたとご機嫌になって兄弟子の名前を鼻歌にのせている場合ではなかった。
ましてやうっかり姫に、神楽坂さんって知ってるって聞こうと思っている場合でもなかった。
俺は今、裏庭にいる。
裏庭には、2人の小柄な生徒と大柄な2人の生徒がいて、かつ、俺は校舎の一部である壁に背中を預け、後退することができないでいた。
「品定めは仕方ないこととしても、委員長様にご迷惑かけないでよ!」
小柄な生徒の一人が俺に詰め寄ってきた。
思い出せば、委員長は確かに俺にどん引きしていたと思うし、迷惑といえば迷惑をかけてしまったわけで、ぐうの音もでない。
「それに、姫さまに馴れ馴れしいし!」
小柄で誰もが可愛らしいと評するだろう奴に姫様と呼ばれている姫に、少し笑いはこみあげてくるものの、俺は深刻な顔を崩さない。
「神楽坂さまだって、おいそれとあんたみたいな人が口に出していい方ではないんだから…!」
兄弟子はどうやらずいぶん崇められているようだ。弟弟子が兄弟子の名前を呼ばずして、おそらく何の関連性もないだろう人間が呼んでいることについて、四百字詰めの原稿用紙を埋めてもらいたいところだが、俺は深刻ぶるのに神経をつかっていたため、それを断念した。
今更ながらに『姫さま』がとんでもない破壊力をもって俺をジワジワと追い詰めていたのだ。
「ねぇ!ちょっと!きいてるの!?」
もちろん、笑いの渦にのまれないために必死な俺に、他に向ける意識は少ない。
深刻ぶるだけで、ほとんどは機能していないといっていい。
「もういい!やっちゃって!」
と、小柄な生徒の命令で襲いくる大柄な生徒。
笑いを堪えながらも、避けた俺は実戦慣れしている。
しかしながら如何ともしがたい体格さというものはあるし、いくら実戦慣れしようとも化け物と人間の動きは違う。
そして俺はけして腕っぷしが強いわけではないため、身を守るために戦うならば全力を尽くさねばならない。
もし、この生徒がタフで俺より少々強いのならそれでいい。
だが、俺より弱いのなら、俺は全力を出してはならない。
普通に傷害事件として訴えられそうだからである。
俺は四人の囲いからなんとか開けた場所へとでると、全速力で走る。
しかし相手も追い掛けてくる。
地の利は俺にはないので、困ったなぁ…と走りながら思っていると、不意に、ぶらん…と校舎の三階から人の手が垂れた。
手だけが見えているためまるで、そこに手が生えているようだったが、それにはきちんとした持ち主がいた。
「なにやってんだ…?」
少し気だるげに問う男は俺が真っすぐと走ってすぐの角にある校舎…俺の正面に見える校舎の窓から、手をだし、頭をだし、上半身をだした。
「か、神楽坂さま…っ!」
あれが兄弟子かい!と思っているうちに、俺は校舎に激突する。
上ばかりを見ていたため、普通にぶつかった。痛かった。
占いどおり運勢は凶で間違いない。出会いは吉だが。
「……なるほど、先生のいうとおりか…」
先生とはたぶん、師匠のことで、俺のあることないことないこと吹き込んだに違いない。
「神楽坂さま…?」
「それは俺の弟弟子だ。仕事の協力を師よりたまわっている。おまえらさっさと散れ」
冷たい言葉だったが、発された音はずいぶんと柔らかかった。
大小あわせて四人は、顔を赤面させそそくさと立ち去っていった。
俺は鼻の頭に擦り傷を作りつつも、校舎と適度な距離をあけ、兄弟子を見上げる。
神楽坂仁瀬。
ひどく、目立つというか…見たことのある人だった。
師匠もそりゃあ何もいわずに俺を送り出すことだろう。
「先生に話は聞いている。俺に手伝ってほしいことがあると 」
「……ちょいちょいっと化け物退治を任されてほしいんです」
兄弟子は、ニヤリと笑った。
師匠そっくりだった。
「任された」