俺と兄弟子であるニセさんは師匠の言うとおり待った。
「何で此花がいるんだ?」
俺が寮から出ていく際についてきたからですとは、撒けなかったので言いづらい。
「何でじゃないっすよ、会長…!」
兄弟子は目立つ人だった。それはもうよく目立つ人だった。
この学園の希少な特待生であり生徒会長であったのだ。
それは吸引結界も使うだろう。師匠の弟子なら。と、俺は納得したものだ。
「だいたい、三木、俺は聞いてない!」
「何が?」
「会長と知り合いとか…!」
「うん、知ってただけで会ったのは今日だし、知り合ったの今日…ですよね?」
「そうなるな。しかし、此花。おまえが来るとキサキがうるせぇんだけど」
此花…姫が、少し気まずそうな顔をした。姫は会計であるキサキさんの補佐で、学園では姫コンビとよばれているらしい。
呼ばれているのは、まだ聞いたことがない。
「仕方ねぇな…リツ」
「はぁーい。そこの此花の子、守ればいいわけね」
「ああ」
突然、何もないところから姿を表したのは、リツという名前の師匠の式だった人というかなんか人の形をしたものだ。
今は師匠から解放され、ニセさんの召使い、もとい、守護をしているそうだ。
急に師匠から離れていったのだが、師匠が急に手放したというわけではなかったようだ。
「そーだ。のりちゃん久しぶり。元気だったー?」
俺のことをヘラヘラと笑うリツさんによく似ていると師匠は言うが、俺はこんなに軽くないと思っている。
「それなりに師匠の横暴から逃れてました」
「ふふっ…のりちゃんだねぇ」
「先生だから許される言葉だな」
布に包まれた剣を構えながらニセさんがそういった。
俺は師匠について散々なことをいうし、師匠は言われて然るべきだとは思うのだが、本当は、憎まれ口をたたけないほど、師匠は俺たちを助けてくれている。
たぶん、大事にされている。
…たぶん。
「なぁ、おまえの師匠って…」
師匠を知らない姫が何かを言う前に、まさに、化け物はグラウンドの真ん中へと落ちてきた。
姿は獣、四つの足を持ち、一つの顔を持つ。姿は少し、薄汚れて見える。
「……っ、瘴気…ッ」
「あ、やっぱあれ瘴気なんだ…」
「相変わらず鈍いねぇ」
俺はその手の気配というか空気というかに、ちょっと鈍感で、煤けて見えはするものの、単に汚れているのか場が汚されているのかが解らない。
「結界の歪みは解るか」
俺は落ちてきた化け物が足を溶かすようにしてつながる場所を確認する。
最終的には紐のようにつながっているだろうその場所を大体予測して俺は頷いた。
「じゃあ、殺してくる」
ニセさんは、師匠と同じことを言った。
ニセさんは師匠と同じように化け物を、人と同じくくりで見ているのだろう。
俺は人と同じくくりでみていないために、退治という。殺すのは、かわりないけれど耳障りがいいからだ。
ニセさんの持っている剣は、パセラ。
師匠が元々持っていた剣で、化け物を退治するにはうってつけの剣だ。
それは前情報で聞き及んでいたため驚くことはない。
ニセさんの腕前は、師匠を凌駕する。
師匠が天才だと評し、離れる可愛い弟子に贈ったといっていた。
お古であいつも可愛そうにと笑っていたが、俺には羨ましかった。
一度も師匠の元で会うことのなかった兄弟子は、愛されているように見えたし、俺もあんな武器がほしかった。
師匠の手元に残った武器をねだってはみたが、師匠はその武器は、他の奴にやったのだと言っていた。手元にあるのは、ちょっと預かっているだけだとも。
俺は武器の代わりに、師匠から様々なことを教えられた。符術はその一つだ。
『なんなんだ、きさまら、なんなんだなんなんだ』
化け物が喚く。
師匠に教わった攻撃的な知識は、何一つ使うことのないまま、幕はおりそうだった。
それほど化け物はよわっており、ニセさんの力は圧倒的だったのだ。
『あんな、きがおかしい!おまえも、おかしい!にんげん、じゃない!』
「本当に人間じゃないものに罵られてもねぇ…あれは気がおかしいんじゃなくて愛っていうんだよ」
リツさんが化け物に聞こえないだろうに、答えた。
化け物のいうところの気がおかしいのは師匠だというのは解るし単なる負け惜しみだとは思うのだが、愛というのがなんのことか解らない。
「あと、残念だけどシギもジンゼも人間だよ。すぐに死んじゃうし、すぐにいなくなっちゃう」
化け物はニセさんが見事な剣さばきで細切れにされてしまったのだが、リツさんは独り言を続けた。
「まったく可愛らしいね。さぁて、なんか食べてたらしいねぇ…吸引してくるよー」
残った肉片を直視して、リツさんはなんの気なしにそういった。
実は俺はもう直視していない。正直、ぐろい。
身に危険はないと判断して、リツさんが俺たちの傍をはなれる。
その際に昔からの疑問を尋ねてみた。
「吸引ってどこ行くの?」
「そうだねぇ、それも愛だよ」
いっている意味が解らないし答えになっていないが、それ以上の答えは期待できない。
リツさんはそういう性格だ。
「あっという間だな」
「んーなんか、師匠が痛め付けたらしかったし」
「………その師匠って…」
「あ、PBCの会長だよ」
姫が驚きのあまり口をパクパクさせた。
「おま…っ」
「師匠って有名人だよなぁ…」
「ば…っ、会長っつったら、琴田信貴だろうが!琴田信貴っつったら、おまえ、結界張り直した時の会長じゃねぇか!」
師匠はいつの時代も会長なんだなぁ…と感心したことだった。