空言2



俺は化け物を寄せる。
化け物を寄せるがために引き取ることになった可愛い弟子とは比べものにならないほど、好かれる。
『なんでなんで、そんなものといるんだ!』
小物が喚いた。
そんなもの扱いされたユキリは心外そうに唇を尖らせる。
「リツ風にいえば愛って奴だ」
ユキリが俺の言葉に、キャッキャと笑う。
バカ弟子はユキリを俺の3人目の弟子だと思っているようだが、本当は違う。
ユキリは俺の式だ。
「健気!健気!」
「うちのちびっこはかわいいこというな…あの調子付いてるのにバイバイしようか」
「バイバイ、バイバイ」
嬉しそうに手を振りながら、瘴気を意識的に振りまくユキリ。
ユキリは瘴気と邪気の固まりのようなものからできている。
ユキリは、この場所から生まれ、俺の元で少しずつ成長している。
「ユキリえらい?」
強すぎる瘴気に汚れ、屋上から落ちるようにして逃げた化け物は、俺が敷いた結界に囚われ、グラウンドへと落とされる。
昼間に電話を切ってから用意したのだが、うまくいっていた。
「えらいえらい」
おざなりではあったが、ユキリは満足したようだ。
不意に、ここ…屋上の瘴気が強くなり、俺はユキリに告げる。
「先に家にかえっとけ」
「わかった、帰る。待ってる!」
そして、ユキリがどこかへ消える。
その代わりにユキリを傍に置く理由である化け物が、ユキリのようにどこからともなくあらわれた。
「可愛そうなことをするんだな」
思ってもないことを言う。
どこぞのバカ弟子が破壊した鍵は、壊されて24時間以内に直された。
普通なら近寄ろうとも思わない邪気や瘴気が漂うそこは、立ち入り禁止区域だ。
俺が在学中にでき、誰も浄化できないまま、未だ存在する。
「そうでもねぇよ。それより俺のほうが可愛そうだろう?」
異常なまでの浄化力を誇る刀を片手に、そいつにむかって笑ってやる。
「クソみたいな目はそのままだし、吐き気はするし、めまいもするし、頭痛もひでぇのに、誰かさんはいねぇし」
誰かさんは苦笑するばかりだ。その態度が腹立たしくとも掴み掛かることはできない。
「悪かったな」
「悪いと思ってんなら、手の届く範囲にいろよ」
俺とそいつの距離は、いつも近いようでいて遠い。何か一枚隔たりのある世界だ。
一番近かったのは在学中。もう、何年も前の話だ。
「それは無理だ。今も見えているだけだ。わかっているんだろ?」
「……嘘でもつけば可愛げがあるもんを」
そいつが、紅丈が皮肉げに口角をあげた。
「いらねぇくせに」
よく解っていらっしゃる。
何年たっても化け物の質はかわらない。何年待っても、結界の張り直しの際に異界に押しこめられた化け物は外に出られないままだ。
紅丈がこちらの世界に干渉しようとしなかったわけではない。
干渉した結果が、うちのバカ弟子くらいしか気が付かない人間がいないほどの悪い気で満ちた屋上だ。
あれはちょっとどころかにぶい。にぶすぎる。俺がユキリで瘴気や邪気に身体を慣らしていってるのがバカみたいに思え、思わず羨んだほどに、にぶかった。
皮肉にも、そのにぶい弟子のおかげで、紅丈は視界にいる。
あの弟子が邪気と瘴気以外を運んだから、紅丈の無駄なあがきがこちらの世界に届いたと言ってもいい。
ただ、アレではこちらに出てくるには少々足りない。
俺の目に見えず、この場所に跡形も残さず、最後に声さえ聞けなかった。
突然、事実だけが目の前で処理された。
近づいていただけに、気が触れた。
誰かに八つ当りする前に、紅丈をこちらに喚ぶことに狂ったことは前向きだと、リツがバカを言っていた。
「…いらねぇよ。おまえ以外なんもいらねぇんだよ…ッ」
そのわりに、年が経つとしがらみや色々な守るべきものも増えるものらしく、俺は昔ほど、化け物を追えなくなった。
俺の弟子というには短い期間しか傍にいなかった、できすぎている弟子は、俺に恩を返すといって、俺の代わりに化け物を追った。
リツは、その弟子が無理をせぬように、そして自分自身のために、弟子の傍にある。
「どうしていねぇんだよ…!意味がわかんねぇ!俺が、いるっつってんだから、おまえが、そこにいる意味がわかんねぇ!」
胸ぐらつかみたくとも、そこにいるわけではない。
そのくせ気分ばかりが悪くなる。
「泣くなよ」
「バカか、おまえ、泣くわ。こんなん…気分は悪ぃし、倒れそうだし、おまえ、それで、いねぇし…見える、のに…」
「触れねぇから泣くな」
触れたら、届いたら、俺はおまえのことを殴っている。
だが、それが叶い手を伸ばしてくれるなら、昔からいうと進化だ。
「好きだ」
「……」
「諦めねぇから」
「……」
返事は待たない。
俺は倒れる前に、背を向ける。
「シギ」
呼ばれても振り返りはしない。俺は屋上のドアをあけた。
「ちゃんと帰る」
頭痛はするし、吐き気も酷いし、目の前ちかちかするし、足も心なしかふらふらしている。
「…当然だ」
俺は少し鼻をすすって屋上のドアを閉じた。
バカ弟子の鼻水について汚ねぇとか、棚上げもいいところだったと不意に笑った。

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