歪みがあるだろう場所に行ってみると、そこには師匠がいた。
体育館の裏口に続く三段しかない階段に座り、どこか上の方をみている師匠に声もかけず、俺は歪みを探す。
「…師匠は無視ってか?」
「……なんで、こんなとこいるんすかね」
「来るっつったろうが」
「いや、いやいやいや、そういう問題じゃないですよね。グラウンド落とすだけでしたよね」
そうだったか?と笑った師匠が憎い。
いつもよりなんだかお疲れである師匠に声をかけなかったのはニセさんも同じで、師匠が見上げていた場所を視線でたどっていた。
「先生」
「ああ、大丈夫。会えたから」
「会ったんですか?」
「見たし、会話した」
俺にはなにがなにやらさっぱりわからない。師匠とニセさんは誰かにあっただの会話しただの…師匠はもしかしたら、仕事をしにここにきたのではないのかもしれない。
「ふーん、目、あかいよぉー、シギ」
「うるせぇ。そんなとこばっか目ざといな、お前は」
リツさんとも久しぶりに会うだろうに、まったく挨拶らしい挨拶もしない。
リツさんいわく師匠の目が赤いとのことだが、それは俺も見てみたい。傲慢で、俺様で、手段を選ばない師匠の目が赤くなることなんて何かあるのだろうか。その姿も見たことがないのに、理由など思いつきもしないけれど、今そうなっているのならみたい。
「ところで、そちらさんは?」
「あ」
「「あー…」」
師匠が尋ねるそちらさんに目を向け、俺とニセさんは同時に声を上げた。
「俺のルームメイトの姫」
「姫じゃねぇ!」
「ああ、此花の。どうも、うちの馬鹿弟子がご迷惑を」
師匠は俺のルームメイトという紹介だけで姫を木花咲耶だと判断した。
俺の姫って紹介は聞いていない。
そして、俺も、馬鹿弟子といわれているのは聞かなかったことにした。
「歪みってなんかそんなに大したことなくない?」
「さぁなぁ…理事長が依頼をしたということは、何かが起こる可能性があるから、よんだんだろうが」
師匠が、姫の苦情をそれとなく聞き流しながら、ちらりとこちらを見たようだった。
「理事長?」
「理事長はあれで、師匠とはまた違う目を持つひとだから」
札を取り出し、体育館の裏口に貼る。
結界はすぐに歪みを正せそうであった。
「違う目?」
「空間把握能力みたいなもんだよぉー。代々、理事長する人はそれが高いんだよ」
師匠が何に反応したのか、大きく舌打ちした。
少なくとも姫の文句で舌打ちをしたわけではなかったのだが、姫はびくりと身体を震わせる。
今は姫の向かいにいる師匠が、人一人殺せそうなくらい悪い人相で、不機嫌な顔をしたからだ。
「理事長と喧嘩でもしたんすか?」
「あ、うん、前の理事長と、似たようなことね」
あの時は刃傷沙汰にならなくて本当によかったねぇと、ニコニコと笑うリツさんも心なしか冷たい表情だ。
前の理事長って何したんだろうな?
「…そうだ、智人」
「あ、はい」
結界を直し終わる前に、師匠が凶悪な人相のまま俺に、その顔を向けた。
「明日から続けて、学校通え」
「え、あ、は、はい?」
どうやら、この仕事が終わっても、俺はこの学校に通い続けることになったらしい。
まいったぞ、有名人に近づくだけ近づいてかき回しちゃってる、きがする。
「のりちゃんがんばー。俺応援するねぇ」
応援だけして助けてはくれないんだろうな。
そう思うとため息しか出なかった。
学校なんて通わずに、師匠から学んだほうが効率的そうなのになと思ったことは、ちょっと悔しいので内緒である。