俺の呼び出して欲しい化け物には名前がない。リツのような連中の間でもそれは、化け物と呼ばれる。
化け物どもが見えない人間からしたら、化け物にしか思えない連中からしても、それはただの化け物だった。
「化け物…?」
転校生はそれを知らないようだった。
それもそうだ。区分けはあるかもしれないが、人間からすれば、人に使われようと使われまいとない力を持つ連中は化け物だ。
転校生のまわりの式たちは、それを呼び出してほしいといった瞬間に勝手に顕現した。
「一紀(かずき)さまになんてものを呼び出させるつもりか!」
化け物間では、あの化け物は大変な有名人だ。そうなるのが普通なのである。
しかし、最初にそれを言った奴の言葉しか、俺は聞かなかった。
何故なら、顕現した式はことごとくそれと同じ内容を言ってくれたからだ。
「うるさいなぁ…言われなくてもわかってるよ。黙ってくれない?俺はね、そこな君たちのご主人様にきいてるの。あ、シギを責め立てるのも俺を責めたてるのもべつに自由にしてくれてかまわないから。とにかく今は黙ってよ。そんで、つぎつぎ現れないで。解りきってるよ、反対されること」
転校生は、情に厚そうだとリツがいっていた。
その通りだったようで、転校生は俺をみつめたまま、もう一度尋ねた。
「何故?」
「…俺が、どうしてもその化け物と、会いたいからですよ」
ソフトな言い方をした。
普段は、ほしいだとか、モノにするだとかいっているが、そんなことをいっていては、きっとこの転校生はお願いを聞いてはくれないだろう。
「興味本位?征服欲?」
もう少しロマンチックに考えてもいいものだが、式たちの反応を見て、少し、怒ったように転校生が言った。 ロマンチックに考えれば、一度会って、忘れられなくてという理由に行き着くはずだ。 しかし、式たちの反応は『あの化け物に殺される』だの『呪われる』だの『強い』だの『汚い』だのだ。 どれも、俺には身に覚えがある。 だから、式たちのいうことにはなんら感情が動かない。 だが、転校生の言うことに、俺の感情が一瞬にして沸騰した。
これについて、俺の沸点は非常に低い。
今以上の力がほしいだとかいうやつは、まがまがしい化け物をどうにか征服し力にしたいとか、興味本位で伝説の化け物を見て、あわよくば退治して名声をえたいだとか、よくある話だ。
そういう風に捕らえたのかもしれない。
実際、そういうやつはいるのだ。
普段の俺はそう思われても仕方ない性格であるし、俺の背景を知らないなら当然のことだ。
もしかしたら、そういう無茶なお願いを何度かされたのかもしれない。
だが、俺は、本当に、これだけは許せない。
眉間に皺が寄る。嫌悪が顔に出る。
怒りに任せて殴りそうになる。罵りそうになる。
俺は暴力を振るうのも、口汚く罵るのもしないように努力をした。
それをしてしまえば、呼び出してもらえる可能性がなくなってしまうかもしれない。転校生本人よりも、まわりの行動によって。
奥歯がギリギリとなるくらい、歯を噛締めた。
震える右手を左手で掴んだ。
思わず立ち上がった姿勢はそのまま、俺は、耐える。
「…あんなに、我慢してる人間が、そうだというなら、あんた、とんだぼんくらだよ」
急に冷たい目と口調で、俺の代わりに口を開いたリツが吐き捨てた。
「あんた、殴られても罵られても仕方ないこといったよ?しらなくても、結構な侮辱だし」
俺は、まだ、自分自身を律することができず話の途中であったが、保健室を出ることにした。
「…協力は惜しまない。だが、今までと出方はかえない」
敬語なんてつかえる余裕は持ち合わせていなかった。