仕事が終わり、一息つき、俺は頭を抱える。
 やってしまった。
 額にある目がゆるりと生徒会室の風景を見渡した後、ソファで横になっている設楽に向く。
 せっかく二つの目は二つの手で覆って隠しているのに、正直なことである。
「あー……」
 ため息の代わりに出て行く声の、なんと力のないこと。
 封印を解いた俺は、普段以上に力は強く、体力もある。
 目が一つ増えるし、腕だって二本増えた。
 祖は神だったらしい。しかし、この時代に神はなく、ただ化け物じみて見えるだけだ。
 それでも、封印時より能力は格段に上がる。
 書類処理程度、あっという間に終わってしまうほどだ。
「……言うことはあるか」
「……もう一回ヤったら、忘れて」
「やれねぇな」
 ソファで寝転んだまま、設楽は薄ら笑いを浮かべた。
 どの目から見ても、嫌な笑みに見えたに違いない。
「悪かった」
「許さん」
 許さないと言うわりには、怒りが見えない表情だ。
 だが、嫌な予感のする顔ではある。
「不当にヤらされたんだ。責任くらいはとってもらおうか」
「結婚でもすんのか」
 力ない声は、笑みに変わっても力がない。残りの二本の腕まで脱力して体の側面に垂れ下がる。
 零れ落ちた冗談まで力がなかった。
「そうだ。お前が俺の籍入れ」
「……うん?」
「紙1枚の処理だ。今のてめぇなら楽勝だろ」
「いや、おかしい。おかしいと思わないか」
「ちょっと前のてめぇほどじゃねぇな」
 少し前の俺は確かに暴走していた。認める。しかし、設楽の言うこともおかしい。これもまた事実だ。
「確かに俺は、勢いと下心でロストバージンしたが、だからといって、なんか大事なものを奪われたわけでもない奴が責任とれってのは、違うと思わないか。むしろ俺が責任とれって詐欺ってもおかしくない事態で、その責任を問うつもりはまったくなく」
「ウダウダいってねぇで、名前書いて判押せ」
 何故か設楽の制服から婚姻届が出てくるのだから、世の中は不条理だ。
 虎視眈々と俺と結婚する機会でも狙っていたのだろうか。
「つか、初めてか。ラッキー」
 今、設楽のような声がラッキーと言った気がする。
 設楽がはじめてだと気がつかなかったのも、俺が設楽に抱かれることを厭わなかったのも理由があった。
 俺の身体は、人間とは違う。
 祖は神だ。しかし、俺に至るまで色々な血が混じっている。本物の化け物や、悪魔と呼ばれる種、または他の神の血も混じっていた。
 彼らは交わりになんらかの壁を作らない。また、子をなすことを種の存続と捉えなかった。
 故に、大変快楽第一な肉体を持っているものもいたらしい。
 俺にはそれが、少しだけ遺伝している。
 男同士ではじめてでもなんとかなるくらいの身体を持っていた。
 使っていなかったのは、今まで機会がなかったからだ。
「だからって結婚は」
「結婚したら、キスくらいで封印といてやれるけど」
 俺は顔を上げ、生徒会室の机を数た。その上に積もった埃に、ついにため息をつく。
「わかった」
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