猫が気分屋であっても、鼠には関係ない。


風紀委員長の手を叩き落して、ヘッドがいった。
「あん?なに、触ってんだよ」
ヘッドは機嫌に落差がある。
朝起きた瞬間から上機嫌であることは少ないし、誰がいても不機嫌なときは不機嫌だ。
そういう時のヘッドには近寄らないという不文律が、チーム内ではあるくらい不機嫌なヘッドは厄介だ。
「これはこれは…」
一方、不機嫌なヘッドにわざわざ近寄り、手を叩き落とされた風紀委員長はふふふ、と楽しそうに笑った。
ヘッドのことをサクラさんと呼ぶようになって、数日。
ヘッドが風紀委員の本部といわれる教室に顔を出すようになってからも、数日。
ヘッドは朝から不機嫌だった。
急に腹を足で踏みつけにされて起され、まだ上手くつくれない飯をマジィといいながらも食べ、いつも通り俺の腕にべったりと引っ付いて登校し、教室についたとたん、俺にぎゅっとだきついた。
機嫌がいいときは、何度もあだ名を呼んで起され、飯は不味くとも、文句も言わず、飯のチョイスについて褒める。やはりいつも通り俺の腕にべったり引っ付いて登校し、教室につくとさっさと俺の席に座って退いてくれない。
「これは、こういう猛獣なのかな、古村君」
「そういう猛獣です、委員長」
一応恋人であるはずの俺がいても、不機嫌は直らない。この不機嫌を直すのはいつも遠田さんの仕事である。
何の苦労もなく、一発ローキックをいれ『人様に迷惑かけてんじゃねぇよ』という。
それだけだ。
上機嫌の時もろくなことはしないヘッドに今更いうことでもないが、必ず、そういって、遠田さんはヘッドを蹴る。
ヘッドはそういうときに限って、何も言わず何もせず。ただ、一つ溜息をついてどこかに行ったあと、すっかりもとの調子に戻って帰ってくる。
一時はそんな二人に嫉妬しもしたが、ヘッドを殴るだの蹴るだのいうことは…おそらく、できない。
今のところ、この関係になってから、ヘッドと喧嘩をしたことがないので解らないが。
「機嫌はとれないのかなぁ。古村くんならきっとできると思うんだけどなぁ」
「俺の場合、機嫌より何より、その範囲内にいてその程度で済んでいることがおかしい存在なんだそうです。それに、こういうときに機嫌とるのって嫌じゃないですか」
「なんで?」
「俺が原因でもないのに、しかも、理由もなく不機嫌になったりする人だし、そういう自由なかんじも好きなので」
「古村君って寛大っていうか、じゅうなんっていうか」
変わってるねぇと呟いた風紀委員長は無視して、ぎゅっと腰に引っ付いてきたヘッドに少し首をかしげる。
「どうかしたんですか?」
「世界がお前と俺だけならよかったのに」
「そんなつまらないうえに、大変そうなの嫌です」
俺は、ヘッドのことを尊敬しているし、異常なほどベタぼれしているが、ヘッドと二人なのは困る。
こうして不機嫌になっても機嫌を直すことが困難であるし、直してみようという気にもならない。
不機嫌なヘッドは面倒くさい。
惚れているが、本当に面倒くさい。
直してみようという気になれないのは、俺にとってそれも好きな要素であるからであるが、面倒くさいことには変わりない。
今朝のように急に軽いけれど覚えのない暴力は振るわれるし、本人だって不機嫌のままでいることをよしとしない。俺に必要以上に絡んで…ほんとうにいつも以上に絡んできて、自分自身の気分を上昇させようとする。
ちなみに、それに気がついたのは最近のことで、ほんの三日前、確信に至った。
「はっきり言いやがる」
「はっきり言いますよ。大変ですからね。俺をからかうのが多くなるし、引っ付いてはなれなくなる時間は多くなるし」
「セクハラされるし?」
そう、セクハラもされるのだ。
それは言葉だったり、態度だったり、行動だったり。
俺はできたら、常識人ぶっていたいのだ。ほとんど無理だが。
「じゃあ、どうしたら、機嫌が直るのかな」
「なんで風紀委員長がそれを気にしてるんですか」
「うちの委員たちがねー…穂高君が不機嫌だとそわそわするんだよねぇ。君が何も言わないだけに、喧嘩かなとか」
「してませんし、未だにそういう喧嘩はしてないですね。一度も」
俺の言葉に、周囲がざわめく。
一度も相手が不機嫌になるような喧嘩をしたことがないだと…!?というような感じだった。
ヘッドとは、出会ったときに一度した、喧嘩とは言い難い喧嘩以来、喧嘩をしたことがない。
圧倒的にチーム内での地位が違うのだから、当然だろう。
今の恋人という状態が奇跡なのだ。
「じゃあ、どかーんとくるんじゃない?」
「さぁ…なってみないことには」
わかりません。という前に、ヘッドにキスをされる。
離れていく顔には勝手にペラペラ、話してるんじゃねぇよと書いてあった。
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