優しさで選ぶなら、たぶん、ケージは失格だったと思う。
もし、雨の中俺がボロボロの雑巾みたいな感じで道端に転がっていても、ケージは無視してっていうか当たり障りなくチラッとみて、見なかったことにして通り過ぎちゃう。至って普通の反応。普通の冷たさで、雨が鬱陶しいな。とか思いながらいなくなる。
あとで、あの人あのあとどうなったんだろうなくらいには思うかもしれないけれど。
ただそれだけ。
さらぬ神にたたりなし。
じゃあ、なんでケージを好きになったか。
ケージなんて地味だったし、それこそ余計なことには首を突っ込まない主義だし。
学年も違えばクラブなんて俺は入ってないし、ケージは真面目だからヤンキーでもない。
同じなのは学校くらいで、後輩がケージと友達なんてこともなくて。
接点なんてまるでナシ。
だいたい、フツーは俺もケージみたいなのは好きじゃないというか、つるまない。
自然と分かれていって、いいでも悪いでもなく、関係がない。
そう思えば、ケージはすごく特別だ。
初めてケージを見たのは、渡り廊下。
サボりで屋上にいた俺。
何か目の端チラチラチラチラ光って眩しいな。と思って光のもとを辿ると、屋根のない渡り廊下にいるケージの持ち物に目がいった。
ブラブラ本に挟まった、赤い何かがチカチカ、キラキラ。
その持ち物がなんなんだろうかなんて考えてるうちに、ケージは渡り廊下からいなくなった。
ケージは同じ曜日、同じ時間、あめでない限り、その渡り廊下を通る。
選択した授業をする教室が、渡り廊下の先にあるからだ。
俺も同じ曜日、同じ時間、雨でない限り屋上にいた。
まぁ、その曜日のその時間の授業が嫌いだったってのがあったんだけど。
ケージの持つ、キラキラは、いっつもキラキラ光ってて、あれ、ほんとなんなんだろうなーとか。
ケージというより、ケージの持ち物が気になってた。
ある曇りの日だった。
今にも雨の降りそうな曇天。
ケージの持ち物もさすがに控えめに光ってて、今日こそ正体見破ったりだなと、目を凝らした瞬間に雨が降った。
ポツポツと、なら良かったのに、急にドッと振ってきた雨。
ケージは駄弁って歩いていたのに、急に走って。
それでもびしょ濡れで。
もちろん、俺もびしょ濡れなわけだけど。引っ込む前にケージに釘付け。
走り出したケージは誰よりも早かった。俺の視線よりも、早かった。ケージの持ち物から俺の視点はずれて。
雨に濡れたシャツが薄い肌色を見せる。
雨に濡れた鬱陶しい前髪をかき上げる。
あ、こいつかっこよかったんだと思う前。
元来た道を振り返り、ふっ…と、ケージが俺がいる屋上に目をやって、破顔一笑。
暫く指をさして笑っていたかと思うと、俺に軽く手を振って、大きな声でこういった。
「早く校舎内はいれよー!」
屋上にいる微妙な人影を判別したケージの目はすばらしかったけど、俺だとは思ってなかったみたいで。
ヤバイと思った瞬間には、校舎内に入っていた。
屋上に続く階段の、最後の踊り場。
ゆっくりとしゃがみこんで、消火器の隣。
恋って雰囲気とタイミングでしちゃうものなのか…とか思いながら。
まぶたの裏に焼きついてはなれない、ケージの顔。
これは勘違いなんだ。これは違う。
何が違う?どう違う?
なんて、毎日毎日思ってる間に。
ケージのことばかり考えて、ケージを探して。
あれ、やっぱりこれって恋か。
って、思い直したときには、ケージの持ち物はどうでもよくなってた。
「あ、ねぇ、これ何、ケージ」
ペンスタンドの中、一本。
キラキラ光る赤いガラスのついた何か。
「え…?ああ。ブックマーカーですよ」
「ブックマーカー…って、しおり?」
「はい」
「ふーん…綺麗だね」
「そうですね、この赤いのが気に入って買ったんですよ」
「ふーん」
手にとって蛍光灯にかざしながら、初めて見たときより色あせて見えるそれを眺めた。