喧嘩をした。
夏休みが終わって、実力試験も終わってからのことだった。
作りはじめた当初よりはるかにましになった飯を食い、いつもどおり登校し、返された実力テストの全教科の点数表を見たときまで、至っていつも通りだった。問題は、その点数表をみていた俺たちに声をかけた担任の言葉を聞いてからだった。
「中間期末の点数だけでクラス決まるからって手ぇぬいてんなよー」
実力テストではクラスどころか成績も関与しない。手を抜く奴らは結構いる。そんなこと普段から勉強している奴らには関係ないことだが、ヘッドのように、普段から何もしていない人間は良くて一夜漬けだ。
その一夜漬けすらせず、俺にちょっかいをかけていたヘッドの成績は見事なもので、軒並み一桁を記録していた。
「なぁ…エー…おまえ、成績よかったよナァ?」
「はぁ、まぁ」
「来年イーイクラスに、入るよナァ?」
「そうですね、たぶん」
「俺とクラス、ちげぇよなぁ?」
「まず、あいまいになっちゃってる学年からして違うと…」
「成績落とせ」
「今更…成績よくないとクラスどころか、学年まで落とされますよ」
俺のこの特例の進級は、風紀の特殊で横暴な権力と、俺の成績で成り立っている。今いるクラスから落ちようものなら、俺は直ぐ様、一学年下のクラスに戻されるだろう。
ヘッドが大きな舌打ちをしたあと、何かに気付いたようにポツリとつぶやく。
「なら俺が留年すれば」
それは確かに、簡単だ。出席日数さえ足りなければ留年してしまえるだろう。
しかし、金の力でここにやってきたヘッドが金の力で進級することはたやすく、体面を重んじるなら、そうなってしまうのが当然の運び。ヘッドのご両親がどう動くかはわからないが、進級しない方向だとしても、俺とクラスを同じくすることはないだろう。
ヘッドが留年した場合はすなわち、成績不良による単位の未習得か、サボりや停学による出席日数の不足だ。そうなると、ヘッドのいくクラスはいわゆるヤンキークラスになってしまう。
俺がそこまであわせれば何ら問題はないのだが。
「ヤンキークラスはご勘弁願いたいので…」
呟きに呟きを返した俺に、ヘッドが少し不満そうな顔をした。
「…あんで?」
「ヘッド以外のヤンキーが頭張ってんの見るのが嫌なので」
触らぬ神になんとやら。
ヘッドが頭をはるというのなら何ら問題ないはが、本人にその気がないことをさせるわけにもいかない。というより、ヘッドにその気がないというのなら、やるわけがない。
誰が期待しようとも望もうとも、ヘッドはやらない。
そういう人だから好きだといってもいい。
とにかく、そんなわけなのだから、俺は当然のように嫌がった。
これが良くなかった。
ヘッドがヘッドでないからいや。という理由があろうと、ダメだしをしてしまったあとでは、ヘッドとクラスが一緒になるのはいや。と言っているように感じてしまっても仕方ないことで。
ヘッドの機嫌が悪くなるのも仕方ないことで。
だからといって、それでけでは怒ったりしないのだ。
「今から成績あげて間に合うんならやるけどなァ?間に合わねぇだろうし?」
トーンの落ちた声が周囲の温度を容易に下げる。
俺は、苦笑する。
「ヘッドがクラスおちしたら、俺もたぶん学年落ちますけどね」
機嫌が悪くなっているというのに、ついうっかり、俺が先ほどからヘッドといって直さないどころか気がついていなかったものだから、ヘッドの眉間に深い谷ができてしまった。
「……え、あ!…サクラさん」
「テメェ、わざとだろ」
「いえ、普通に、自然に」
「やっぱダメだ。オウカさんって言ってみなァ?」
そこは、さすがに俺も譲れなくて、微妙な顔をしたものだから、ヘッドが眉間に皺を寄せたまま、鼻で俺を笑った。
「そうか。なるほど」
もう一度鼻で笑って、俺に向けていた顔を黒板の方に向けたヘッドは、頬杖をつき、あからさまに態度を悪くした。
「古村…あー今は、藤村君だっけェ?藤村は、あれか?俺が名前ごときにこだわってるとか、そういうサァー、くだんねぇと思ってんだろ」
くだらなかったら、俺だってこだわってヘッドと言い続けたりはしないのだが、わかっていながら、そういうことを言ってくるヘッドに、俺もさすがに少し苛立つ。
「…だから?」
「いやぁ?なんでもねぇけど?そりゃ、くだんねぇなら、しかたねぇーわなぁー?」
言い方がいちいち腹がたつ。
そうやって人を怒らせるのはヘッドの手だが、今は純粋にヘッドも腹を立てているのだろう。
「そうですね。それで、だから?」
一度こちらを見たヘッドに、俺も鼻で笑う。
こっちだって、俺にはどうしようもできないというか…もともとヘッドがサボっているからよくなかったという話で、だいたい年齢は変えようがないし、本当はこんな奇跡起こりようがなかったのだ。
でも、ヘッドと呼んでしまっていたことについては、正直俺が悪い。
悪くとも、腹は立つ。
ヘッドは音も静かに立ち上がると、あまり中身の入ってないカバンを持つ。
「センセー。俺、気分わりぃんで、早退シマスー」
気分が悪いのはこっちだ。