猫は鼠の特別性を噛み締める。


心が狭い。
よく考えない。
融通がきかない。
解ってんだよ、いつも後悔すんの、俺だって。
寮の部屋で一人。
ソファーに座って溜息。
人前でなんぞ後悔してる姿なんて晒したくねぇし、できるだけ溜息もつきたくねぇ。弱音もはきたくねぇ。
ついかっとなってだとか、不機嫌振りまいてだとか。
結局こうなんだよ。解ってたし、解ってたはずなんだ。
まして、エーの前で何やってんだ。
名前の呼び方くらい些細なモンで、ヘッドって言われるのも嫌いじゃねんだ。
俺を呼ぶときだけ、あいつはやたら丁寧に、大切そうに、柔らかく呼ぶし、俺以外がヘッドだなんて思ってやしねぇし、俺以外がヘッドだなんて認めもしねぇし。
だから、あいつのヘッドは、俺だけのモンだし、俺を呼ぶ代名詞だって解ってる。解っていても、じゃあ、俺が生まれてつけられて、画数多いし難しい漢字で面倒だって思ってても、俺という人間を示す名前はどうなんだって思っちまう。
家族の名前じゃなくて、俺だけの名前。
俺のためだけにつけられた、俺のための意味ある名前。
なんで、普通に好きな奴に呼ばれたいってだけで、そんな、喧嘩までしなきゃなんねぇんだろ。
あいつが俺の代名詞呼ぶだけで嬉しいって思えるんだから、俺のための名前をあいつに呼ばれたら、当然のように嬉しいにきまってるし、そんな代名詞より、もっと嬉しいだろ。
それを望むのは、わがままか?ヤ、わがままでもいんだよ、わがままいいてぇんだから。
けど、なんかもう、マジ自己嫌悪。
いきなり、不機嫌やらかしたときもそう。
だいたいうちの副が頭冷やして来いよって、蹴りだしてくれる。
俺は不機嫌で外出たみたいにして、誰もいないとこで、こうやってしばらくして戻ってくる。
気分を変えて、戻ってくる。
なんかそれが、今日はできそうもねぇし。
エー絡みだと、本当に俺はダメだ。気がつきゃエーの不在に爪がボロボロになるし、解りやすいくらい荒れだす。
今も、少しずつ爪を噛んでは離す、噛んでは離すを繰り返してしまっている。
エーがいないのは、何か寂しい。何か苛立つ。何か辛い。何か欲しくなる。
「あー…ヤリてぇ」
俺はどうしようもなく欲求不満で、たかが名前くらいでなんで喧嘩みたいのしてんだ?馬鹿じゃねぇの?と思っていた。
エーに会うなら放課後。
会ってすぐ、押し倒そう。
それで悪化しようがすまいが、もうどうしようもなくエーが欲しい。
手順なんか踏んでらんねぇから。
「会いてぇな」
学校行けば会える距離で、バカいってる。
俺は本当に馬鹿だ。
そんなこと思いながら、気がつきゃなんか噛み切って就寝してたらしい。
目が覚めると、エーがいた。
「何やってんですか、あんたは!」
とりあえず、エーの顔があったから、俺は、腕を伸ばしてエーが怒鳴ってるとかそんなことも気にしないで、なんとかエーの首に腕を回そうとしていた。
意外とエーが遠い。
眉間に皺が寄る。
「どうして、こんなことになるんですか!」
エーのいうところのこんなことがどんなことかよく解らないが、とりあえずエーが遠いのが腹立たしい。
届くだろう場所に手を伸ばして、無理矢理引き寄せる。
そこで、放置になっていた右腕をあげようとして、ふと気がつく。
親指の指先に、不恰好にテープ。
そして気がつく、口の中に、何か固まり。
俺はエーに伸ばすはずだった右手を口元に。手のうえにはきだしたそれには俺の爪。
よく飲み込まなかったものだ。
と、喉で笑ったあと、上半身を腹筋で持ち上げる。
「エー…」
「って、聞いてないですね?」
「エー…」
「あー…はいはい」
「ちゅー」
「しません」
爪こんなにして。とブツブツ言っているエーにいつものように抱きついて、服の裾から肌を捜して、勝手にキスをする。
「しませんってば」
「…ヤリタイ」
「しません。怒ってるんですから」
「エー…とーい。藤衣…」
「………なんですか、謳歌さん」
ほらやっぱり。
やっぱり、うれしい。
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