羊は狼の思いを知らない。


会長は紛れもなく、ウタの幼馴染だった。
気がついたらフラフラとどこへともなく出かけるし、成績がいいことと生徒会特権があることもあって、気まぐれに授業はサボるし、告白されて断って抱きしめてくださいとかならまだしも、キスもセックスも断らない。
質が悪いことに、したいなと思ったらそれっぽい雰囲気にもっていって相手の方から誘わせる。
こいつならオーケーだろうなということが解っていて仕掛けるあたりが、もっと質が悪い。
真剣な人間には当たり障りなく、何も言わせないで断ったり、雰囲気を変えてその気にさせないということもする。
少しくらいタチに狙われて、どうにかなってしまっても、それはそれでいいんじゃないかと思えるくらいに、会長は質が悪い。
利害が一致しているのだから、お互い気持ちよくなれていい気分と言えなくもないが。
会長を守れという命令に従って、何日経ったか定かではないが、会長を見ている時間が格段に多くなった俺は思う。
疲れる人だと。
「まったく、ウタといい、会長といい…」
俺は屋上から向かい側の校舎を眺める。
声をかけられる会長、振り向いて何か言う前に口を何かで塞がれる会長。
しばらくもがいていたが、力が次第に抜けて大変なことになっている会長。
親衛隊とは別行動だが、親衛隊も会長を守っているのだ。
俺は会長を見るようになったけれど、だいたいは親衛隊がやるようにしておけばいい。
けれど、親衛隊とて完璧ではない。
会長が授業をサボっていて、しかも会長を見失ってしまったら、守ることは愚か、探すことすら容易じゃない。
会長が授業をサボっているときはできるだけ同じようにサボって会長の位置を確認している俺ですら、たまに見失う。
だから、こうして親衛隊に守られていない会長が向かい側の校舎で襲われている様子を見つけることなど滅多なことではないと思う。
…見つけてしまったわけだが。
本人も弱くはないのだ。自衛もできる。
しかし、全校生徒を疑ってかかれというのは酷な話であるし、薬を使われたり背後から襲われて気を失ったりしてしまってはどうしようもない。
だが、わざわざ人気のないところにいかなくても。
「サボりたいのなら、当然かもしれねぇけど」
ため息をつきながらも俺は会長を引きずる連中から目を離さない。
行くだろう場所が検討できたら、俺は走らねばならない。
俺はだいたいの目星をつけたあと屋上の階段の段を飛ばし、時には色んな障害物を飛び越えて、向かい側の校舎の三階奥の空き教室に向かった。
会長は空き教室の床の上、よく見たら見たことのあるヤンキー連中が会長の服を脱がせようとしていることろだった。会長は、うっすらとひらいた目で遠くを眺めていて、意識はあるのかないのかよくわからない。
俺は走ってきた勢いを殺す間もなく、会長を囲う数人に問答無用で殴りかかった。
「なんでそう、警戒心が薄いんすかねぇ、会長はねぇ。ほんと、一度痛い目見ればいいんですよ」
強姦未遂犯を殴るだけ殴って、息を整え、会長に向けてぼやく。
会長が俺をぼんやりとしていながら不思議そうな目で見つめてくる。本当に、疲れる人だ。
わかっているけれど理解していないから、ある意味ウタより質がわるく、ある意味ウタより自由でいられる。
「やられねぇって安心してるからそうなるんすよ。それともやられても仕方ねぇって思ってます?…じゃあ、やられたくないって思えるようにしてやりますよ」
簡単だ。
恐怖を与えればいい。
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