「あの部屋いらないとおもーんだよー」
気が付くと先輩の私物が増えているどころか、先輩が居ついていた。
あれ?今日もお泊り?あれ?あれ?と思っている間に、先輩がいるのが普通になっていた。
「いや、でも…荷物とかは?」
「運び込めばいいじゃーん。広いし」
確かにそうかもしれないが、俺はまだ一人の時間というやつが諦めきれない。
今はなんとか一人の時間を確保しているものの、そのうちトイレにもついてくるんじゃないかというくらい先輩がついてくる。
「だいたいさ、けーじは愛が足りない」
先輩が部屋に移住するか否かという話だったはずなのに、先輩はまるで当然な成り行きだと話題を変える。微妙なところに飛び火したな…と思いつつ、俺は勉強机に付属している椅子を回転させ、先輩に振り向いた。
「どの辺が足りないんですか?」
首を傾げてみせた俺に、先輩は唇を尖らせる。甘い顔と言われる先輩がやると遊んでいるようにしか見えず、非常に憎たらしい。
「その質問がすでに足りてないしー」
先輩いわく足りないって言われたら、慌てて考えたり、そんなことないって否定するものらしい。
「そんなものですか?ちゃんと好きなんですけど」
言いながら先輩を見つめると、先輩はベッドのうえに起き上がってあぐらを組み、指を折る。
「まずー、人気があってきゃーきゃーされるでしょー」
「先輩もされてますし、先輩が俺を改造したからでしょう?」
最初に折った親指が、勢い良く元に戻った。
問題は解決されたらしい。
「つぎにー、一緒にいる時間短いでしょー」
「ほぼ同室で休み時間毎に顔見せて、部活は見学するし、生徒会も一緒でしょう」
先輩は親指をわずかに戻しかけたが、折ったままにとどまる。
「あとー、俺ばっかり好きな気がするしー」
「そんなにですか?そう思うのなら、きっと、先輩の愛が大きいんです」
人差し指が折れることはなかった。
先輩はためらいがちに自分自身の親指を見つめ、俺を見る。そして親指を見つめる。
「これ…一番否定というか…してもらいたかったんだけど…」
「先輩の愛は毎日感じてるんで無理です」
たとえば朝起きたらお早ようと言ってキスしたり。たとえば面倒だろう俺の装いを整えたり。たとえば俺を見てうれしそうに笑ったり。
今だって親指あげたそうにしてるのとか、あれほど浮き名を流したくせに、今じゃ名前を聞くのが難しいとか。
愛されてないとはとても言えない。
「…ふーんふーん」
興味なさそうに、ベッドに寝転んでも、少し赤くなった頬が見えてしまったから、誤魔化されない。
「愛、足りませんか?」
俺が笑うと先輩が俺に背中を向けた。
「愛が足りないからもっと深めるためにも、一緒の部屋になろーって言おうとおもったのに…」
そんなことをいうのなら、一緒になってもいいかなって思ってしまう俺はどうしようもなく先輩に甘いのかもしれない。