鼠は猫を思いつつ、狐を捕獲する。


屋上でパンを食べながら、校庭を見下ろす。
ヘッドがもの言いたげに、というより何度も声をかけてくれるのだが、口もきかないでへそを曲げる振りをして、どれくらい経ったか。
正直、俺はヘッドにベタ惚れで、ヘッドが爪を噛みちぎろうが、それをなおす気がなかろうが、しかもそれのせいにしてヘッドを遠ざけて、夜這いにこられようが、嫌いになる要素なんてひとつもない。それだけでなく、ヘッドの相手をしない理由にもならない。
俺がほとんど一方的にした約束なんてどうでもいいのだ。
俺が怒っているのは自分自身だ。
何から何まで全てのわずらわしいことや、厄災からヘッドを守ろうだなんてそんなおこがましいし、無理としかいいようのないことはいわない。
しかし、ヘッドが自分自身を損ねる理由に俺があって、それをさせてしまったことに俺は自己嫌悪した。
どうしてあの人にあんなことをさせてしまったのか。
馬鹿正直に、本当のことを言い続ける必要があそこにはあったというのだろうか。
いずれ知ることとはいえ、嘘でも違うことを言うべきだったんじゃないだろうか。
と、何度も後悔して、結局何に腹を立てているかわからなくなっていくのに、俺はヘッドに当たるような態度しかできない。
急に俺一人しかいなかった屋上に、誰かが駆け込んできた。
何段か飛び越えたんだろう。足音は一定のリズムで、ゆっくりやってきて、突然ドアが開いた。
「先客いるし」
それは生徒会会計の三谷光晴で、この学園で見かけるだけでなく、下界だとか言われる街でもよく見かける…所謂ヤンキーだ。
すぐ、人のことをからかって面白がるのはヘッドとよく似ているが、ヘッドとちがってこの人は、まだかわいげがあるタイプだったはずだ。
そしてなによりヘッドと違うのはその容姿だ。
三谷光晴は、チャラい。
そんなちゃらいのに、友人が夢中で、俺は彼をよく知っている。
「ええと…あー。穂高の」
その先は言われることがなかったのだが、たぶん、ものとか、彼氏とかそういう単語が続いたんだろう。
「三谷先輩こそ、服に赤いまだらをつけて、どうしたんですか?」
「あ、これ?タバスコ」
どばーっとかかっちゃってさぁ…あ、食べずに来ちゃった。と、三谷先輩はのんきなもので。
「最近、穂高と一緒にいないよね、どうしたのー?」
「どうもこうも。俺が八つ当たりしてるだけですよ」
「うわ、できた人っぽいのに、するんだー」
「しますよ」
出来たもなにも。
ヘッドの前でできた人間になれた覚えがない。
「先輩こそ、いつも一緒にいる恵司はどこに置いてきたんですか?今頃きっと、悪い膝を無視して走り回ってますよ」
「まっさかぁ…そこまで愛されてないよー?」
「そうですかね?」
「っていうか、穂高の…ええと」
「古村です」
「あ、古村は、恵司と知り合いなの?」
俺はパンをもった手とは違う手で携帯を操作して、友人にコールする。
「ええ、入学した時、同じクラスでした」
「…ん?古村二年生だよねぇ、今」
「ちょっとした奇跡を使って飛び級しまして」
俺はそう言いながら、振り返り、先輩に向かって歩き出す。
先輩の手を勝手にとったとき、電話が繋がる。
「あ、恵司?俺。そう…忙しい?そう。多分さがしてんだろ?三谷光晴先輩」
「……!ちょ、離して…!」
「しっかり捕まえておくから、第二校舎屋上にさっさとこいよ?喧嘩になる前に」
既にすごく睨まれているから、喧嘩になる前に、は難しいかもしれない。

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