羊は狼に捕食されたことを実感する。


三谷と殴り合って保健室に行った古村の元に走った幼馴染を生徒会席から眺めたあと、俺は周りのカップル率にため息をついた。
生徒会席にめったにくることのない副会長も恋人がいるという話であるし、俺の周りはカップルばかりだ。
「俺も恋人欲しいんだけどなー」
食堂からクラスへと向かう途中に見かけた背中に声をかけるように言うと、俺の声が聞こえた背中の持ち主がちらっと俺に振り返り何事もなかったかのように歩きながらこう答えた。
「選り取りみどりじゃないっすか」
俺はその背中に追いつくと、隣を歩きながら首を横にふる。
「わかってねぇなぁ…そこには希望の人物がいるんだ」
「そっすか。それは会長ファンも残念な気持ちでいっぱいっすねー」
わざとらしい敬語に舌打ち。たまに敬語ではない言葉が飛び出すところが好きだが、そろそろもうちょっと親しくしてくれてもいいはずだ。
「そうだな。胡椒の中身変えたりするくらいには悔しがってる」
「…わかっているならそこは止めろよ」
俺はとなりでニヤリと笑い、そいつを追い越し、振り返る。
うんざりしたような、困ったような、仕方ねぇなって顔が視界に入る。
「かわいい悪戯じゃねぇか」
「しょっぱいラーメンとか好きっすか、会長」
「好きじゃねぇけど、食うの俺じゃねぇし」
態とらしく肩を下ろすと、そいつは表情を変えた。
「ま、いうほど困っちゃいないし、嫌いでもないんすけどねぇ」
「親衛隊のやつらのこと?」
思わず嫉妬した。
俺は自分でもどうかというくらいそいつ、遠田が好きだ。誰かにいったように吊り橋を渡っている際に前方を横切られたような出来事から、この男が好きだと思うのだが、そうであったとしても、俺はこの男に変わらず、もしくはそれ以上に好感がもてる。
吊り橋はきっかけにすぎない。続くかどうかは本人次第だ。
俺が思うに、遠田はいい男といわれる類なのだから性別に対する葛藤さえなければ、俺にとってはオールクリアといっていい。性別に対する葛藤は、生活環境もあって、結構前からない。
男も女もかわりなく、その一個人が好きになれる。
「あんたのこと」
ふっ…と笑った男の、なんと憎らしいことか。
俺は歩くのをやめて、遠田を見送る。
そして、しばらくして、気がつく。
「おい、嫌いでもないってスタート位置悪くねぇか…?」
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