猫は鼠を食い荒らす。


「せっかく、ベッドがあることだしな」
そのベッドは病人のために存在しているのであって、ヘッドのような不届きもののためにあるのではない。
そういったところで、止まるようなヘッドではない。
俺が三谷先輩と殴りあい、保健室でひとり寂しく自分自身を手当していると、ヘッドは怪我人の胸倉を掴み引っ張った挙句、ベッドに押し倒して言ったのだ。
俺は、ヘッドにされるがままというか、少し呆然としていて、怪我が痛むなと思いながら、ヘッドを見ていた。
「避けているのはわかってると思いますが」
「わかんねぇことにしておく」
「わかっているようなので、言っておきます。やりませんよ」
ヘッドの眉間に谷間ができる。
舌を打ち付けるだけという動作の割に、重たくも、いかにも不機嫌そうな、そのくせゆっくりとした響きの短い音が響いた。
苛立っているのは、見たら解る。
ヘッドは気が長い方ではない。
特に、俺のことについては気が短いと思う。
「まだ、爪ン事怒ってんの?」
「そうですね」
確かに、爪のことは怒っている。
自分自身に腹を立てている。
だから、これは八つ当たりみたいなものだ。
「謝りゃ、イイの?」
「謝られても……」
ヘッドに腹を立てているわけではないのだから、謝られても仕方がない。
「あんだよ、面倒くせぇな」
その通りだ。
俺というやつは面倒くさい。
「気持ちイーならイーだろ」
今度は俺が眉間に皺を寄せる。
そういうことではないし、それだけ聞いたら、ヘッドは俺じゃなくてもいいように聞こえる。
実際、ヘッドが俺を愛してるとか言い出す前はそうだった。
気持ちよければ誰でもいいし、なんでもよく、面白ければそれでいい。そう言う人だった。
そういうところも嫌いじゃなかったが、今聞くと、少し苛立つ。
「俺じゃなくてもいいでしょう?」
ただでさえ八つ当たりであったが、さらに言ってはいけないことをいった。
ヘッドが俺の胸ぐらから手を離すと、右拳を振り上げた。
避ける間もなく、振り下ろされたそれは、怪我をして保健室に来た俺の腹に落とされた。
まだ、場所は選んでくれた方だ。
「……感想は?」
腹の底が冷えるような目つきをしたヘッドに、少し茶化したような態度をとるいつもの姿はない。
俺は腹の痛みに体の位置を変えて、少し丸くなったまま、大きく息を吐いた。
「お前をどこかに閉じ込めでもすりゃいいのか?腹立つこと言う口塞いどきゃいいのか?……なぁ、俺はどうすべき?よくわかんねぇんだけど。こんなおもい、したことねぇよ。どうしたらいい?」
俺は、声も出せずに腹を抱えたまま、首を横に振る。
「なぁ、俺は俺のしたいようにしかできねぇんだけど」
俺はようやく、片腕だけ伸ばす。
俺の足の上で座り込んでいるヘッドの足にすがるように、ヘッドの服を掴む。
「イライラする。腹立つ。もういいし、どうでもいいとおもいたい。面倒くさい。すっげぇ面倒くさい。なぁ、なんで、嫌いになれねぇの」
ようやく、声を出す。
「困り、ます」
顔をヘッドに向けて、笑う。うまくは笑えなかった。
「俺が、あんた…を、好きだから、嫌われちゃ、困ります」
「……困れよ」
ヘッドは、俺の足を跨いだまま、俺の上に身体を倒した。
俺はヘッドの足にあった手を背中に回し、軽く叩く。
「困ります」
「なんとか嫌いになってやるから、困れ」
「……」
「お前だけだから」
ポツリと呟かれた言葉が、どの言葉にかかるか考える前に俺は口を開く。
「すみません。もう、避けませんから」
「ん」
ヘッドは少し笑ったみたいだった。
俺の腹に顔を押し付けてくるので、痛いし、見えないし、よくわからなかったが、ヘッドは笑った。
そうだといい。
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