狼は羊の感情を残す。


随分前から気がついていたが、うちのナンバーワンとそのお気に入りのイチャイチャは、人を疲弊させる。
お気に入りの方は人目を気にして控えようという気があるのだが、うちのナンバーワン……ウタが控えようという気がないというか、この学園の連中に見せつけているようだ。
今日も今日とて、仲直りしたからといって、食堂でただっぴろい空間など無視してエーの足に手をおいて、エーにもたれ掛かっている。
軽薄にも冷たくも見える笑みを浮かべ、周りを見渡しつつ、エーの足を撫でている様子など、もはや腹がいっぱいになる前から胸焼け必至のセクハラだ。
俺はそのセクハラに悶々としているだろうエーに心の中で手を合わせて拝んでおいた。
そうでもしないと、自分自身の隣の存在にくじけてしまうに違いない。
今俺は、唐揚げ定食を食べている。
なぜか、七味がたっぷりとかけられた唐揚げ定食の味をかみしめつつ、目の前に座っているイチャイチャバカップルしかみれないでいる。
それというのも、無視するにはあまりにも存在感がありすぎる生徒会長のせいだ。
この生徒会長という奴はやっかいで、あのウタの幼なじみで、さらに相談相手もウタだというのだから困ったもんだ。
好きな奴を振り向かせるにはどうすべきだと思う?という相談に対し、色仕掛けと答えるような相談相手など、困った以外に言いようがない。
そして、それを鵜呑みにする会長にも困った以外に当てはめる言葉がない。強いて言うなら、最悪である。
平素より格段と色気を出しているのだが、会長にもウタにもいえたことなのだが、二人とも、明らかに獲物を捕食する雄の肉食獣のような、色気を醸し出しており、なんというか、こちらに向けられる発情期がきた雌の視線のようなものの中にいるこちらとしては大変居心地が悪い。
エーはウタにいっぱいいっぱいであるから、まだいい。
俺など、七味がやたらとかかっている唐揚げと格闘するしかない。
「……会長」
「せっかくだから、陽介とか呼んでくれてもいいんだぞ」
「大谷会長」
「なんか遠のいた」
盛大に会長が舌打ちなどするものだから、食堂のあちらこちらからむけられた視線が痛い。
「あんた、反省とか学習とかしないんすか」
「それなりにしているつもりだが」
「じゃあ、なんで色気ふりまいてんすか」
いくら、向けられる視線が抱いてくださいと雄弁に告げていても、その中に混じって間違って雄が反応してしまう輩だっていないわけではないのだ。
「おまえを手に入れるためなら、やむなしかと思って」
「……」
俺は思わず見ないようにしていた隣を見る。
少し開いたシャツはいつもどおりだが、こちらに向ける視線は悩ましいといってもいいほどだ。
しかし、その視線をくれる目は少し、不安そうに揺らぐ。
また襲われるかもしれないということに対する不安ではない。
こんなことをして、俺に呆れられるんじゃないかという不安だ。
こんなことがわかってしまう自分がイヤだ。
「また、ガタガタ震えてぇなら結構なことだが」
思わず漏れた言葉に、会長は二、三度口を開閉した。
「……やめ、る……」
それは俺が怖いからだ。
たぶん、俺に襲われることではなく、俺に嫌われることがだ。
人の気持ちに敏感な自分が恨めしい。
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