大戸紫信(おおとしのぶ)はわがままだ。
我が儘を言ってはすぐに泣くし、泣いては暴れるし、こちらに迷惑ばかりかける。
紫信がわがままで泣き虫で暴れるだけなら、本当にただの迷惑野郎でしかない。しかし、紫信はそれだけのやつじゃなかった。
基本的に易しいというか、チョロいのだ。
単純だし、明快だし、大雑把だ。
とてもからがいのある性格で、特別可愛いというわけでもないのに教室のアイドルで、みんなにいじられている。
我が儘にしても、なんでそんなしようもないわがままをというようなわがままであるし、本気で難しいと判断するようなわがままは言ったことがない。
泣き虫であるのも、そういったわがままを仲間内でからかって遊んでしまって泣いてしまうからで、その泣いているのが悔しくて恥ずかしいからついつい暴れてしまうだけなのだ。
今日も今日とて、メロンパンが食べたいだとかいう、本当にすぐに叶えられそうな願いを友人に言って、そのメロンパンをこれみよがしに、目の前で食べられ大泣きをしながら、友人に食ってかかっている。
まだメロンパンは友人が後ろ手にもう一つ持っているのだから、友人も紫信に甘い。
「メロンパン返せよー!」
最終的には、その後ろ手にもったメロンパンを紫信の身長ではとてもではないが届かない位置に掲げて遊ぶ。
最終的に、メロンパンは紫信のものとなるのだが、紫信がグズグズと鼻を鳴らしながらパン喰い競争のように必死になっている様子は、教室中をほっこりさせていた。
「しのぶちゃん、この前の身体測定1センチも伸びなかったんだってぇ?」
そんなことを言いながら、紫信がジャンプしてはメロンパンを紫信の手から逃す友人は、ニヤニヤと笑っていた。
紫信がぴょんぴょんとジャンプするたび、可愛いなぁ…と思っているのは、秘密であるが、流石に長いことそうして友人と格闘していると可愛そうになってくる。
「ちがっ…!五ミリのびた!それに俺は!今に!百八十伸びるんだから…!」
ついでに言うと、紫信はあまり頭もよくない。
百八十伸びたら3mを越す。紫信は百八十伸びる…本当は百八十まで伸びるといいいたいのだろうけど、毎回百八十伸びるというので、もしかしたら、本当にそのつもりかもしれない。
「ふーん。ま、頑張れ」
紫信が本気で泣き出す前に止めてやらないとダメだなと思いつつ、今日も俺は紫信を眺め、右往左往する。
「もうやめたほうが…」
俺が小さくつぶやいても、友人にも紫信にも聞こえていない。