ロッカーの日記帳


 届きそうで届かない何かがあった。
 生徒会室のロッカーの上にある玩具箱のさらに上だ。玩具箱を下ろせば取れる代物だが、玩具箱は重い。俺はロッカーの上を見上げ首を傾げた。
「たぶん日記帳だな……?」
 隣に居る兄貴も俺と同じように何かを見上げているらしい。
 不思議そうに何かの正体を推測した。
「日記にしては丸見えじゃねぇか?」
「人は自分の視線より上を見ることはあまりないらしい。もちろん、用があれば見るが」
 だから一応隠しているのではないかというのが兄貴の考えなのだろう。しかし、この学園の生徒会にそんな杜撰なやつはいただろうか。
「堂々としすぎていて逆に大丈夫かって心配になるってのはわからんでもない。しかしまぁそのせいで興味も薄いというか……魔法使いの日記だってんなら連理とクソ野郎は好きそうだが」
 自分の席に座ったまま俺と兄貴の視線の先を確認したらしい。斗佳が鼻を鳴らした。
「どっちのクソ野郎だ?」
「魔法使いのクソ野郎だ」
 斗佳はある演習からクソ野郎と良平のことを『クソ野郎』という。話の前後から良平のことだろうと察することはできたが、一応確認した。俺もクソ野郎と呼んでいる反則野郎は、他人の日記を覗き見るほど魔法に飢えていない。
「魔法使いの、クソ野郎……っ」
 兄貴がこっそり笑いを堪えている。
 否定しようのない事実だからだ。俺や兄貴にとって良平が友好的で有益なクソ野郎だからクソ野郎といわないだけである。
「いや……良平は性格が悪いだけでいやらしくはないから」
「一織、それは結局クソ野郎だって。なぁ、十織」
 俺は兄貴をチラリと見て首を振った。
 兄貴はまだ笑いを堪えて口を塞ぎ震えている。楽しそうで何よりだ。
「兄貴がいうならクソではない」
 俺は自称ブラコンの、大体兄貴イエスマンだ。兄貴に対する意見で俺にノーを求める方が間違っている。
「あー……まぁ……それで、日記どうすんだよ」
 ブラコンに対する適切なことばが見つからない。
 斗佳の声にそんな気持ちが滲むようだ。俺も他人であったら鼻で笑っていただろうからよくわかる。俺は対応に困る類のブラコンだ。
「何故玩具箱の上にあるか。誰の日記なのかがわかれば興味も出たが」
 弟の様子などしれっと無視して兄貴は肩を落とす。俺が何かいっている間に笑いは引っ込んだようだ。
 すっかりいつも通りである。
「叶丞の日記なら大人気だろうに」
 兄貴のいうことに俺は大きく頷いた。
 留年した先輩方の恨みを買い、同輩には授業で恨みを買う。あのクソ野郎の日記なら確かに弱点として欲しくなる。
「確認しようぜ」
 そうして俺たちは日記を手に入れた。伊螺の日記だった。
 少しだけ申し訳なく思い、俺は生徒会室の窓を見る。
 今日も空が青い。
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