掌の上


 食後に何かしようという話になり、カードを戸棚から出しリビングに持っていくとソファーで寛いでいたロドナークが笑った。
「賭け事は趣味の一つなんだが」
 だから俺はお前に勝てないとそういいたいのか。
 俺は顔を歪めてカードを一枚低いテーブルの上に置いた。
「ハイかローか」
 山札から次にひくカードが場に置いてあるカードより強いカードならばハイ、弱いカードならばローといい当てる簡単なゲームだ。俺の知っているカジノでは小額から賭けられ遊びやすい部類に入る。
「ロー」
 トントンとテーブルを指先で二回叩いての答えだった。
「ブラックジャックじゃねぇんだからさぁ」
 テーブルを指や手で叩くのはブラックジャックのカードを追加するときのハンドサインだ。
「悪い、つい癖で」
 普段から賭けでブラックジャックもやっていることがよくわかる謝罪である。俺は手に持っていたカードをテーブルの上に置いてから一番上にあるカードを裏返した。
「しかもしれっと当たってやがる。次は?」
「ロー」
 にこにこ笑ったまま迷うことなくロドナークは口を開く。
「ところで俺は育ちが良くねぇんだけどな」
 俺はカードを裏返す前に先ほど裏返したカードに目を向けた。カードはハートの五だ。絵札が強いカードの世界では大抵二が一番弱いカードになる。ハイかローかを当てるゲーム……ハイアンドローでも二が弱いカードでエースが一番強いカードだ。
 今、場に出ている五より弱いのは四、三、二と三つしかない。五より強いカードが出る確率が高い。
「ここで育ちの良し悪しの話が出るのはおかしくないか?」
「そうでもねぇよ。あんたのその自信がへし折れるかもしれねぇだろ」
「そうか? でも、ローで」
 またカードを一枚めくる。カードはスペードの三だ。
「マジかよ。じゃあ、次」
「ロー」
 これもまた自信満々にロドナークは繰り返す。
「二しかねぇじゃん」
 俺が用意したカードはジョーカー以外のすべてのカード五十二枚である。その中に二のカードはスートごとに一枚ずつ、計四枚あるはずだ。この山札にある四十七枚中三枚を当てるだなんて手品の領域である。
「いっただろ。賭け事は趣味なんだ。ちゃんと危ない橋も渡る」
 ロドナークはときどき出かけては金を賭けるゲームに勝って帰ってきた。だからこの発言はとんでもなくろくでもない。日常に溶け込むクソ野郎っぷりに惚れ惚れしながら俺は話を戻した。
「それで俺の育ちが悪い話だけど」
「話を戻すのか」
 俺は大きく頷き、得意顔でいってやる。
「手癖も悪い」
「この局面だと手癖に頼るまでもないと思うが」
 手癖が悪い……つまるところイカサマもできるという話だ。
 しかしロドナークのいう通りイカサマをしなくても、三より弱いカードは二しかない。
「けど、ローなんだろ?」
「そうだな、ローだな」
「なら手癖が大活躍してもいいんじゃねぇか。勝たせてやる気分ならそのまま、負けてほしい気分なら三より強いカードにする」
「そのままってことは次のカードは二だという確信があるのか?」
「あんたが自信満々だからなぁ」
 ようやくにっこり笑い返してやると、ロドナークはまたテーブルを二回叩いた。
「だからブラックジャックじゃねぇって、いって……る」
 うながされてめくったカードはスペードの八だった。
 俺はロドナークに揺さぶりをかけただけでイカサマなどしていない。けれど出てきたカードは八だった。
「なんで」
 ポロリと零してしまったことばにロドナークが笑みを深める。
「ブラフっていうのは自信満々にするもんだろう?」
 負けた。
 そう思って俺は八のカードを撫でる。初めから手に持ったままだったカードとすり替えて、俺はため息をつく。
「……あんたの勝ちだ」
 ロドナークは困ったように首を傾げ、俺がすり替えたカードに目を落とした。
 八とその場を交換したカードはダイヤの二……ハイアンドローでは二は一番弱いカードだ。
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